噺家の小道具、 扇子と手拭いを解説。│柳家三三「きょうも落語日和」
イラストレーション・勝田 文
「我々落語家は噺を演じるとき、背景・大道具・衣装・メーク……何もありません。口先ひとつで、扇子と手拭いだけがお客様の想像力をお手伝いする小道具です」
噺家になってからしばらく、こんな前口上を述べていたのですが、お気づきですか? 大きな矛盾があることに。口先ひとつと言いながら扇子と手拭いを小道具に……。
この扇子と手拭いは暑いときにあおいだり、汗をふいたりという実用にももちろん使われるのですが、その用途のほとんどは別の物に“見立て”て演技の補助をしてくれます。いちばん有名なのかな、という仕草はそばを食べるとき。右手に持った扇子が箸となり、左手は丼を持った手の形だけという姿で表現します。このとき扇子は要という骨が留めてある手元のほうを箸先に見立て、開く上部のほうを手に持つと、箸らしく見えるのです。
同じ食事でも焼き芋を食べる仕草は、小さく畳んだ手拭いを筒状にくるりと丸めてお芋に“見立て”て、熱々をかじるようにハフハフしながら食べ、膝の上にポロポロ落ちたものをつまんで口に入れ、かじった歯形が芋についたところをじっと見る……。ね、焼き芋でしょ?
扇子なら見立てる品は、煙管・刀・槍・包丁・筆・手紙・しゃもじ・大盃・船の櫓と竿……。手拭いは煙草入れ・本・財布・紙入れ・馬の手綱・金包み……。
それこそ表現できる物は数知れず。さまざまな使い方をして、お客さんの想像をより広げていただく、つまり「落語日和」の大きなお手伝いをしてくれるのです。
柳家三三(やなぎや・さんざ)●落語家。公演情報等は下記にて。
http://www.yanagiya-sanza.com
『クロワッサン』988号より
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