『鬼嵐』著者、仙川 環さんインタビュー。「初心に帰って挑んだ、ウイルスものです」
北関東のとある町に、東京の大学病院の医局を辞め帰郷した、女医の及川夏未。久しぶりの故郷で父親の医院を手伝い、新しい生活をスタートさせるが、そこで突発的に死に至る感染症が発生する。
撮影・黒川ひろみ
症状は目を覆いたくなるほどの劇烈なもの。「干からびたカエルのように四肢を広げ」「大量の吐血と下血に見舞われ」た遺体は、白目が鮮血に染まり、目頭から赤い涙のような筋が垂れている、という凄惨さだ。夏未の患者の発症を機に、町の中ばかりか東京にまでも感染は飛び火していく。何が感染源なのか、どうしたら止められるのか。そこからはまさにノンストップ。はらはらしどおしで、どうにもページを繰る手を止めることができなくなってしまうが……。
「実は、あんまりかっちりと最後まで決めて書くほうではないんです。すべてがわかって書いていても、おもしろくない。自分でもどうなるのかと、楽しみながら書き進めました」と、仙川環さん。
今回アウトブレイクものを書こうと考えたのは、会社員だった期間と作家になってからが同じくらいの長さになり、デビュー作『感染』で扱ったウイルスを再びテーマにしたかったからだという。
頭の中に浮かんだ映像を、 文章として描写していく。
それにしても、感染症で亡くなった患者の描写たるや、夢に出てきそうなインパクトで、まざまざと目に浮かぶような迫力だ。
「私は、だいたい頭の中に映像を思い浮かべて、それを文字にしていくのでそうなるのかも。さすがにあの亡くなり方は、自分で思い浮かべていても、怖かった」と、仙川さんも苦笑する。
脳内に浮かぶ映像を、そのまま描写していくという仙川さんに、今回、自分の中で一番印象に残ったシーンを聞くと、
「冒頭の場面でしょうか。町に戻った夏未が車を運転しながら眺める山並み、道の様子など、浮かんだ映像を一生懸命描写しました」
それは、こんな光景だ。
――フロントガラスの正面に見える稜線は、柔らかな朝の日差しを受けて輝いている。県道の両側に広がる田畑では、朝の早い農家のトラクターが行き来している――
一見のどかで、ありふれた日本の田舎の一風景である。けれど、その内には今の社会が抱える課題が密かに隠れているのだった。たとえば、外国人労働者の問題。この町には、さまざまな国からの農業技能実習生が多数おり、劣悪な環境に病むタイの若い女性が医院を訪れたりもする。夏未が退職に追い込まれたのは、医局でのパワハラが原因だし、地元の友人たちは町おこしのための特産品作りに専心している最中だ。
そんな現代社会が孕む問題を抱え込んだ町を、容赦なく感染症が襲う。身近で観察していた夏未は東京の医局へ呼び戻され、本格的に謎の究明に取り組むことになるが……。その先の息もつかせぬ展開には、自ら本書に身を委ね巻き込まれてみることをおすすめする。
『クロワッサン』987号より
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