くらし

『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』著者、清水浩史さんインタビュー。深更の船上でひとり旅して思うこと。

しみず・ひろし●1971年生まれ。書籍編集者、ライター。現在も、国内外の海と島をめぐる旅を続ける。著書に『海駅図鑑――海の見える無人駅』(河出書房新社)、共著に『海に癒される。――働く大人のための「海時間」のススメ』(草思社)など。

撮影・黒川ひろみ

真夜中、日付の変わった後にひっそりと出航する船に乗り込む。その行く先は、時にほんの15分ほどの対岸であったり、あるいは遠く島々を経て17時間に及ぶ長旅のことも。現在、日本で就航している14の深夜便すべてを旅した清水浩史さん。きっかけは、前著の取材中のできごとにあった。当時、海辺の写真を撮るため、津軽地方を旅していたときのこと。

「2016年のクリスマスイブに訪れた青森で、街のイルミネーションがとても華やかで。ところが、夜を明かすため函館へ向かう深夜の船に乗り込んだら、地上とは別な時間が流れていた。淡々とした日常というか。ひとり旅ゆえか、それに親密な気持ちを覚えたというのが、きっかけとなりました」

その後は、仕事の合間を縫って、1年かけて全国の深夜便に乗り込む旅を繰り返した。書籍の編集という仕事柄、いつ出発できるか予定が読めないため、常にカメラをバッグに忍ばせ、行けるとふんだら新幹線に飛び乗ったという。

「深夜、最寄り駅から港までのアクセスがなくひたすら歩いていると、何やってんのかな、とわびしくもなる。でも、いったん船に乗り込むと、後は身体をまかせるだけという気持ちになれるんです。やっぱりそれは快適で。そして、デッキに出ると完全な暗闇、ノイズのない世界で、まるで自分に潜っていくような感覚に陥る。もともとダイビングをしていたのですが、海に潜っていると心静かになれるのに似ている気がしますね」

そうして旅を重ねた中で、最も印象的だったのは、「宿毛(すくも)→佐伯(さいき)」という、高知と大分の78キロを3時間10分で結ぶ航路だという。

「私が乗り込んだときに、船には誰も乗っていなかったんです。その航路は、真夜中の2時半に水ノ子島という灯台のある小さな無人島を通りかかるのですが、その灯りは蛍のように消え入りそうでいてどこか力強くて。それを見に行くだけでいいのではないかと思えてくる。一番情緒のある航路です」

この船の旅を通して感じたのは、深更にぽつんとひとり船上で過ごすという時間の代え難さ。

「真夜中の船に乗ると過去のことを思い出したり、これからのことを考えたり、目の前のことだけに囚われなくなるんですよね。時間軸が広くなるというか。船の上でこんなに圧倒的な星空を見たのはいつのことだったろうと振り返ると、あれからあっという間だったな、ではこれからどうするかな?と。目の前の悩みがささやかに見えてくるというのは、深夜航路に乗る効能ではないかと思います」

草思社 1,600円

『クロワッサン』982号より

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