『おさなごのように 天の父に甘える七十七の祈り』著者、晴佐久昌英さんインタビュー。「自然な祈りを知って親しんでもらいたい。」
撮影・黒川ひろみ 文・後藤真子
著者は神父である。しかし本書には、巻頭の聖書の引用とあとがきを除き、神という言葉も、イエス・キリストも出てこない。うつに苦しんでいるとき、独りぼっちのとき、進むべき道に迷ったとき等々、人生で遭遇するさまざまな場面で、こんなふうに祈ってみてはどうかという素朴な言葉が、詩のように美しく綴られている。
「本当の祈りは、宗教や文化、歴史に関係なく、とても自然なものであるはずです。この本では誰もが理解できる言葉で、どこでもどんな場合でも、ふっと口にできる祈りを作りました。子が親を呼ぶように、この世の親ではなく、透明な天の父を頼って呼びかける、そんな祈りを知ってもらいたい。そのキーワードが『甘える』という言葉です」と晴佐久昌英さん。
甘えるとは、「正直に、素直に」ということ。たとえば、“疲れ果てた人の祈り”はこう始まる。《天の父よ/疲れ果ててしまいました/ごらんのとおり/何もすることができずにいます/仕事を続けることができません/忍耐する力もありません(中略)正直いって祈ることも苦痛です/しばらく休ませてください》
夫婦や子育て、親の介護についての悩み、仕事の問題、あるいは心身の不調など何かつらさを抱えて立ち止まるとき、本書の言葉はきっと静かに寄り添ってくれる。
「仕事柄たくさんの、苦しい、つらい、死にたいという人と会い、話を聞いて支えてきました。その人たちがこう感じる、こう思っているということを、ある種代弁したようなところもあります」
“ペットを亡くした人の祈り”は途中、〇〇の部分にペットの名を入れられるようになっている。そして、《あなたがわたしのもとに遣わしてくださった/愛しい天使をあなたのもとにお返しします》と続く文言が、悲嘆に暮れる心をそっと導き、慰めてくれる。
日常の祈りも各種ある。なかでも秀逸なのは、簡潔で朗らかな《天の父よ/ぜんぶよろしく》。
「これは、習ったお祈りなんです。100歳だったカトリック信徒の葬儀で、お孫さんが教えてくれました。祖母がいつも『神様は全部わかっているから、長々祈らず、このひと言でいいの』と言っていたと。それを聞いて感動し、今回ぜひ入れたいと思いました」
どれも温かく、優しい眼差しが感じられる77編。ただ読むだけでも心がほぐれ、やわらかい気持ちになってくる。目次を見て、気になるページから開いてみてもいいだろう。人生の折々に、胸に響く言葉と出合えるに違いない。
女子パウロ会 1,200円
『クロワッサン』982号より
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