歌謡映画の枠を超えた山田洋次と倍賞千恵子の初コンビ作。│『下町の太陽』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
山田洋次監督と倍賞千恵子コンビといえば、泣く子も黙る人気シリーズ『男はつらいよ』。葛飾柴又で団子屋を切り盛りし、一家の主婦でもあるさくらは、賢く思いやりにあふれた女性。兄である寅さんの心の拠り所でもあります。演じる倍賞千恵子は、1961年(昭和36年)に松竹歌劇団に入団すると、同年すぐに松竹映画にスカウトされ、翌年「下町の太陽」で歌手デビュー。これが大ヒットというトントン拍子ぶりで、1963年(昭和38年)に歌謡映画として製作されたのが本作です。
隅田川の向こう側、下町育ちの町子(倍賞千恵子)は、石鹼工場で箱詰めの仕事に就く女工。交際中の道男(早川保)は同僚ですが、下町の貧しさを嫌い、正社員試験に合格して郊外の団地で暮らすことを夢見ています。町子も同じ気持ちでしたが、団地で新婚生活を送る友人を訪ねて、憧れの生活に疑問を持つように。そんなある日、鉄工所勤めの良介(勝呂誉)からデートを申し込まれ……。
当時22歳の倍賞千恵子の初々しさが、文字通り太陽のように全編を照らしています。〝庶民派″らしく、頬がふっくらとしてあどけない顔立ちが、とても愛らしい。しかしまなざしは聡明で、人一倍感じ、深く考えていることを物語ります。
彼女はなにを感じているのか? 当時は、結婚すれば仕事を辞めて専業主婦になり、夫を支えるのがよしとされた時代。しかしその夢を叶え、憧れの団地生活を送る友だちが、本当に幸せとは思えなかったのです。主婦となった友だちは町子に、久々におしゃべりができてうれしいと涙を流し、普段は旦那さんに言われた通り、わざわざお化粧して帰りを待っているという。その暮らしぶりに、「女の幸せは結婚」という言葉に覆い隠されていた、人生の不毛を感じ取ったのです。
生まれ育った下町を愛し、みんなから頼りにされ、気働きのある頭のいい町子は、さくらの原型ともいえるキャラクター。山田洋次監督の才気が詰まった、初の長編作品です!
山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。映画化した『ここは退屈迎えに来て』が10月19日公開。新刊『選んだ孤独はよい孤独』。
『クロワッサン』982号より
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