『紛争地の看護師』著者、白川優子さんインタビュー。「命の危機にある人に医療を届けたい。」 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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『紛争地の看護師』著者、白川優子さんインタビュー。「命の危機にある人に医療を届けたい。」

しらかわ・ゆうこ●埼玉県出身。看護師。坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校卒業。Australian Ca tholic University(看護科)卒業後、2010年「国境なき医師団」のメンバーに初参加。Webサイト「イミダス」にてコラム連載中。

撮影・千田彩子

白川優子さんは、44歳の看護師だ。2010年に「国境なき医師団」に初参加。この8年で、シリア、南スーダン、イエメン、パレスチナ、イラクなどの紛争地域を中心とした国々に「手術室看護師」として17回も派遣されている。

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)とは、1971年に医師と医療ジャーナリストによって設立された、独立・中立・公平な立場での医療と人道援助活動を行う非営利の国際団体。現在、3700人近い海外派遣スタッフがいて、白川さんもそのメンバーのひとりだ。取材した時は、ちょうど1カ月のモスル(イラク)での医療活動を終えて帰国したばかりだった。

「私は、おもに手術、外科の看護師なので、怪我をした患者さんを手術室で治療をするのが役目です。だから紛争地に派遣されることが多いんです」

本書には、医療の現場から見た紛争地の惨状が、息苦しいまでの臨場感で綴られている。病院やテントにつぎつぎと運び込まれてくる自爆テロや空爆、銃撃などの犠牲となった一般市民たち。医療スタッフは、つねに治療に追われ、疲労困憊の状態だ。自分のプライベートな場所は、建物の屋上に置いたマット1枚ということもある。

しかし、白川さんは、それでも要請が来たらいつでも紛争地へ飛んでいくことを信条としている。なぜなら国境なき医師団のメンバーになることをずっと夢に見て努力してきたからだ。

「7歳のころ、テレビでドキュメンタリー番組を見たんです。それからずっといつか自分も参加したいと思い続けてきました」

看護師としていくつかの医療施設でキャリアを積んで、26歳で面接を受けた時に立ちはだかった壁は「英語」だった。世界中から集まるスタッフの共通言語は英語なのだ。その時、背中を押してくれたのは母だった。

「人生のピークを40歳に持っていけばいいんじゃない?と言ってくれて。それで30歳を目前にオーストラリアに留学して英語を学びました」

帰国して受けた面接は合格。晴れて36歳で国境なき医師団のメンバーになった。

「最初、紛争地に出発する際は遺書を書こうかと迷いましたが、今は出かける前に部屋を片しておくだけです。世界中には医療を必要としている人がたくさんいて苦しんでいるのに、その声が届かない。だから私が医療の現場で目撃したことを彼らの代わりに届けていきたいと思います」

小学館 1,400円

『クロワッサン』981号より

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