【ミステリ編】書店員に聞く、長く売り続けたい本。
撮影・森山祐子 文・屋敷直子
[ミステリ]謎解き、殺人事件、スパイもの。幅広くジャンルを楽しむ。
『ときわ書房 本店』に入るとすぐ目につくのは、担当の宇田川拓也さんの熱がこもった推薦文と共にイチオシのミステリ文庫が積まれた棚。作家のサイン色紙、サイン本もずらりと並ぶ。店内奥に進むと、二大ミステリ文庫の出版社である早川書房、東京創元社のラインナップがぎっちりと納まっている。壮観だ。このジャンルの販売力は別格と噂の店のエキスパートが選んだのは。
いま当店で最も売れているのが『生ける屍の死』です。1989年出版ですが、今年6月に改訂版が出たところです。死者が蘇る世界を描いていて、蘇るのになぜ人を殺さねばならないのか、というのがこの小説の肝。舞台はアメリカのニューイングランドの霊園、遺産をめぐって確執が起こり……という翻訳もののようなテイストで、骨となるミステリ要素はもちろん、ポップカルチャーや死生観についても丹念に描かれ「骨もいいけど肉付きもいい」小説です。ミステリは一度読んで仕掛けがわかってしまうと再読に値しないと思われがちですが、この作品は読むたびに発見があり、味わいも深まる。一生かけて楽しめる本だと思います。
『黒後家蜘蛛の会』は、気軽に読める短編シリーズです。作者のアイザック・アシモフといえばSFが有名ですが、彼が書いた推理クイズ集といったところでしょうか。数学者、弁護士、作家など違う職業の6人が、毎月レストランに集まり雑談のなかで話題にのぼるちょっとした日常の謎について素人推理を繰り広げるも、最後に解決するのはいつも給仕のヘンリーという話です。事件現場に行かず人からの伝聞だけで謎を解く「安楽椅子探偵」というミステリジャンルのひとつですね。毎回とりたててスケールが大きい事件が起こるわけでもないので、刺激は少ないかもしれませんが、このマンネリズムはくせになります。全部で5巻あり、新装版が2巻まで発売中です。
次は『ジェゼベルの死』。これも大好きです。謎が魅力的なんですよ。舞台は野外劇、悪女役のジェゼベルは劇中、バルコニーから落ちて死亡するが、調べていくと転落前に既に絞め殺されていた。だけど楽屋から舞台に通じる扉は施錠されていて、舞台側には観客がいる。衆人環視のなかで、どうやって殺されたのか。警部のコックリルが謎を解いていくんですが、最後の最後にものすごい驚きがあります。初回はただ驚いて、推理を確認しながら再読してみてください。
ミステリのなかにも謎解き、ハードボイルド、冒険小説、スパイ小説などのジャンルがあって、前述の3冊は謎解き。『スリー・アゲーツ 二つの家族』は、スパイ小説ですね。アメリカ国防総省VS北朝鮮大物スパイという構図を軸に、家族の物語が描かれます。北朝鮮スパイのチョンは、北朝鮮と日本にそれぞれ妻と子どもがいて、任務の遂行の成否によって、どちらかの家族が危険にさらされる。チョンを追うのは、国防総省直轄の情報機関に所属する葉山。このふたりはもちろん、まわりをとりまく人物も魅力的なので、キャラクター小説的な読まれ方をされている面もあり、女性ファンが多いんです。なによりラストシーンが素晴らしくて……号泣必至です。
最後に『キッチン風見鶏』。これは他店ではミステリの棚に置かれないかもしれません。港町で三代続く老舗洋食店が舞台で、ウェイターである主人公の青年は幽霊が見えたり、雨の日に現れる幽霊、南を向いたまま動かない風見鶏のオブジェなど、設定や謎の用い方がミステリ的なんです。さらに最後まで読んでからプロローグを読み返すと、驚きの真実が!? 人の想いや願いは簡単に途切れないというテーマがより輝くんです。
ミステリとは広い意味でのエンターテインメントだと思っています。必ずしも謎がなくてもいいですし、殺人事件ばかりが起こるわけでもない。幅広くとらえて、いろいろなジャンルを見つけていってほしいです。
『クロワッサン』979号より
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