くらし

『ペインレス』著者、天童荒太さんインタビュー。「この世界は、痛みによって成立している。」

てんどう・あらた●1960年、愛媛県生まれ。1986年「白の家族」で野性時代新人文学賞を受賞してデビュー。1996年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、2009年『悼む人』で直木賞を受賞。

撮影・森山祐子

構想20年。天童荒太さんが、「『永遠の仔』や『悼む人』で人間の痛みやつらさをつぶさに見つめてきた、その集大成」という本作で描いたのは、「痛み」と「性愛」。私たちに濃密な読書体験をもたらしてくれる、衝撃作だ。

ペインクリニックに勤める女性医師の万浬は、生まれつき心の痛みを感じない。ある時、外国でテロに巻き込まれ身体の痛みを感じなくなった森悟に出会い、“研究材料”として興味を惹かれていく。

「痛みについて考えるうちに、この世界は痛みを礎に成立しているのではと思い至ったんです。心身の痛みを避けるために法律や常識ができ、医学などの文明が発達してきた。一方で、愛する者を失う耐え難い痛みゆえに人を攻撃し、戦争が連鎖する。だとしたら、我我の脳ではここが限界なのかもしれない。人間の生存のために次の段階に進む時なのではないか、と。そう考えた時に視界が開け、創作意欲が掻き立てられました」

一歩進んだ脳、すなわち痛みを感じない脳の持ち主として万浬を描くことで、「種の進化」という壮大なテーマも現実的なトーンで提示してみせた。

さらに、森悟の痛みを探る「診察」と称したセックスなど性愛の描写も、天童さんにとっての挑戦だった。過激な内容も上品な文章で紡ぎ、読者の想像力を刺激して深い世界へ誘う。

「それぞれ身体と心に痛みを感じない男女の性愛は、これまでにないエロティシズムの表現になる予感があった。皮膚感覚に敏感であること、そして行為の有無やその快感という“結果”よりも、人と触れ合うことによる恐れや痛み、そこから生じる喜びという“プロセス”を重視して描きました」

脳科学や痛みの緩和ケアなどの緻密な描写からは、医療分野における膨大な取材が推察される。

「ペインクリニックに勤める従兄弟への取材に加え、文献も読み漁りました。論文としても成立するくらいの論理的な下支えがあってこそ、人間の進化の形として脳が痛みを感じなくなるという仮説が絵空事ではなくなる。そのロジックの部分と、性愛を含むストーリーの整合性も大切にしました」

物語は進み、両親や祖父母の世代に遡って万浬の歴史がひもとかれる。さらに、森悟がテロに遭った発展途上国での出来事を通し、世界的な視点ももたらされる。「痛み」を軸として物語が縦横に広がりを見せていく様は、圧巻の一言。

新潮社 各1,500円

『クロワッサン』977号より

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