くらし

『鳥獣戯画』著者、磯﨑憲一郎さんインタビュー。一千年の時空を自在に飛び越える物語。

いそざき・けんいちろう●1965年、千葉生まれ。2007年『肝心の子供』で第44回文藝賞を受賞し、デビュー。『終の住処』で第141回芥川賞、『赤の他人の瓜二つ』で第21回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『往古来今』で第41回泉鏡花文学賞。

撮影・青木和義

型破りな小説である。28年間の会社生活を終えた私は、晴れて自由になったその日、高校時代に親しかった古い女友だちとある喫茶店で会う約束をする。が、そこには彼女の姿はない。かわりに顔に見覚えのある若い女優に話しかけられ(私は小説家でもある)意気投合してしまうのだ。二人はすぐに京都で落ち合う約束までしてしまう。そしてその旅先、栂尾山高山寺(とがのさんこうさんじ)に場面を移すと、物語は一気に鎌倉時代まで遡り、今度は明恵上人(みょうえしょうにん)の一生を追いはじめる。

磯憲一郎さんはよく“分け入るように書く”タイプの作家と評される。

「綿密なプロットや資料がないと第1稿が書けないというのではないんですよ。今回も最初にあるのは出だしの一文だけ。その推進力に乗っかるようにして書きました」

凡庸さは金になる。それがいけない、何とかそれを変えてやりたいと思い悩みながら、何世紀の無駄な時間が過ぎてしまった。これが小説の冒頭のフレーズ。

「ボウリングの球を思いっきり転がす感じです。最初に勢いがないと駄目。この書き出しの部分だって、誰が何のために言っているのか、書いている本人にもその時はわかっていませんから(笑)」

場当たり的ともとれる発言だが、もちろんそれではこんな大作を生み出すことはできない。

「書き進めば書き進むほど目の前がライトで明るく照らされるというか……」。つまり、50ページにたどり着いたら、その50ページと相談をしながら次の51ページを書くのだという。次の一文はそれまでに書き進んだ分の必然性が導いてくれる。もともと予定調和の小説が好きではない。

「一人の人間が頭で考えていることなどは読者だって見通してしまうのだと思う。であれば、個人の力を超えて、小説の力を借りて書くものでなければ、本当の意味で読者を驚かすことなどはできないのではないかと」

60歳で明恵上人が入滅すると舞台は一転、1980年代へ。当時の青春が甦る。駿台予備校、運転免許、暗黒大陸じゃがたら……こうしたものが破綻することなく一千年の地続きの空間となっている小説とはいったい何であるか?

「よく作者の意図を読み解く、などと言われたりもしますが、そうではないと思う。小説とは読んだ経験であり、時間であり、それ以外の何ものでもないと思います」

その唯一無二の時間と経験が、この284ページに詰まっている。

講談社 2,000円

『クロワッサン』976号より

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