くらし

『安楽死を遂げるまで』著者、宮下洋一さんインタビュー。死に際して、幸福はあるのか?

みやした・よういち●1976年、長野生まれ。ジャーナリスト。18歳で渡米し大学を卒業後、スペイン・バルセロナ大学大学院でジャーナリズム専攻。6言語を話す。フランスとスペインを拠点に活動。『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。

写真提供・藤岡雅樹(小学館)

衝撃的なプロローグだ。英国人女性が安楽死を遂げる。著者の宮下洋一さんはその現場に立ち会い、彼女の死のすべてを見届ける。

「取材のかなり早い段階での出会いでした。本にも書きましたが、その女性とは直前まで和やかに話をして、笑い合い……医師による幇助を受けての自死を目の前にして、やはり衝撃を受けましたね」

安楽死は、スイス、オランダ、ベルギーなどで認められる医療行為だ。オランダでは健康保険の対象でもあり、死因の4%を占めるほどに認知されている。比して日本はどうか? ヨーロッパに23年暮らすジャーナリストの宮下さんにはまだその議論は成熟していないように思えるという。

「たしかに、脚本家の橋田壽賀子さんの発言や著書が話題になったりして報道の機会は増えました。でも一面的な情報で終始しています。欧米人が何を考えて死を望むのか、残された家族はどう考えるのか。死の実際はどのようなものか。欧米に住む自分だからこそ示せる視点があると考えたのが取材のきっかけです」

スイスの自殺幇助団体を主宰する医師、エリカ・プライシックとの出会いを契機に、オランダ、ベルギー、アメリカ、スペインと国を跨いで宮下さんは安楽死を望む人々との面会を重ね、その死に立ち会う。死を執行する側の医師や反対派の人物とも対話し、各国の安楽死を巡る認定の条件や法整備などの現状を丹念に調査していく。そのなかで立ち上がって見えてくるのは欧米人の生き方そのものだ。

「彼らは常に個の人生を生きることが最優先です。またそれと同じくらいどう死ぬかということを真剣に考えている。それは哲学といっていいものです。ならば、彼らに安楽死の選択はあるだろうと思います。自分の望む死を遂げるために。もちろん、それは制度があってこそ実現できることですが」

そして、それをそのまま日本人に当てはめて考えるのは危険だと宮下さんは言う。

「日本的な考えでは、死は集団や社会のなかにあるもの。仕事で過労死したり、『人に迷惑をかけたくないから』と安楽死を望んだり。欧米の人々には考えられないことです。“人間の幸福とはなにか”。これはジャーナリストとして追求しているテーマですが、今回は、死に際して幸福というものがあるのかどうかを考える取材でした。これまで日本人は死を巡る対話を欠いてきたのではないでしょうか。幸福に生きる、そして死ぬとはどういうことか。この本が考えるきっかけになればうれしいです」

小学館 1,600円

『クロワッサン』974号より

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