『野生のベリージャム』著者、小島 聖さんインタビュー。「頂上を目指さなくても、歩くことが楽しい。」
撮影・森山祐子
登場する料理の、なんとおいしそうなこと! ネパールで出合った、どこまでも優しい味の「ダルバート」(豆スープと野菜のおかず、ご飯が一緒になった国民食)、フランス・モンブランの山頂で食べた「モンブラン」、アラスカの荒野で、薪で炊いたツヤツヤの白米……。
30歳でネパールを訪れたのを機に、国内外で登山やトレッキングを重ねてきた女優の小島聖さん。初めてのエッセイは、旅の記録であり、食日記であり、レシピ集であり、写真集のようでもあり。みずみずしい体験が詰まった一冊だ。
「実用的なアウトドアのガイド本にするという選択肢もあったけれど、私は登山家ではないし、もっと自分らしい構成で、自分の言葉で綴りたいと思ったんです」
最もページを割いたのは、アメリカ、ジョン・ミューア・トレイルのトレッキングと食の記録。世界中のバックパッカーから人気の、自然溢れるロングトレイルだ。
「20日もの間、20キロの荷物を背負って、食事も着替えも、持っているものの中で完結した生活をする。そんな特別な体験の中で、頂上を目指すのではなく、私はシンプルに歩くのが好きなんだと気づいたんです。その楽しさを味わいに、みんなもおいでよ、って素直に伝えたいと思いました」
制約のある環境でも、小島さんの食生活はバラエティに富んでいて、読者を飽きさせることがない。
「日常も旅も、食べることとは切り離せません。アウトドアだからって全部レトルトと割り切るのではなく、自分なりに工夫する。旅の15日目、フリーズドライの卵で作ったオムライスは格別でした。疲れた身体ときれいな景色が一層そう感じさせるんでしょうね」
けれど時には、自然の中での恐怖や不安、気分の浮き沈みに戸惑うこともある。それすらも隠さず綴る、率直な語り口が印象的だ。
「強い雨が雹に変わって、道が見えなくなったときは本当に怖くて。私は自然のことを何もわかってなかったって思い知らされました。体調のせいでイライラしたり、贅沢だけど美しいことに飽きてしまったり、20日間もいればいろんなことがある。でも、晴れより雨のほうが草木がキラキラしてる、なんて思えるようになって、自然と遊ぶのがもっと好きになりました」
本書の日記部分の所々で、このコースの名前の由来になったナチュラリスト、ジョン・ミューアの本の一節が引用される。先人の言葉が小島さんの心とリンクして、旅の感動が奥行きを増す。歩くことと食べること。人間の原始的な喜びに立ち返らせてくれる本。
青幻舎 2,000円
『クロワッサン』974号より
広告