うさぎさん、こんにちは。突然ですがこんな言葉をご存知ですか?
「恋をする女の子なら、誰もが一度は死に憧れる」
誰の言葉かと言いますと、うちの中1の娘の言葉です。彼女が書いている小説の冒頭に登場するんです。……すみません、だからご存知なくて当然なのですが、でも結構まじめにこの言葉を出しました。
いろんな恋愛小説や、恋愛漫画や、恋愛ドラマで、叶わぬ恋の究極の形として、想いを寄せる相手の死が描かれています。またもう少し発展性のある話では、そんな“叶わぬ恋”に、“叶う恋”が打ち勝つことの難しさも描かれています。
恋が叶って、その後の日々を好きな相手と共に過ごすということは、二人の記憶をどんどん更新していくということです。そこには当然、多少の落胆やマンネリがあるでしょう。けれどももし、恋のごくごく最初の方でどちらかが不慮の死を遂げたとすれば、記憶はそこから二度と上書きされることがありません。“最後の女”とでもいいましょうか。相手の意識の中にいる自分を一番良い状態ので留めて更新しないことができる。それどころか、二度と触れることのできない自分への想いで、相手の頭の中をいっぱいにすることができるのです。
そもそも恋愛すると誰もが一度は大なり小なり、相手に対してこのような願望を抱くものではないかと想いますが、それを“死に憧れる”と表現しているんですね。……娘は一体何を考えているんでしょうか。
それはさておき。実際のところ、なにも死ななくても、叶わぬ恋のお相手になることはできます。想いを確かめ合って、一度は関係を持って、でもいろんな事情で付き合うことができなければ、それは叶わぬ恋です。
うさぎさんにとっての彼がそうなりつつあるように、彼にとってのうさぎさんもまた、今まさにそんな存在になろうとしています。
彼の、現在の彼女のことをすこし考えてみたいと思います。
彼がもし、彼の言葉どおり彼女よりうさぎさんの方が好きで、本当はうさぎさんと一緒にいたくて、それでも世間体で現在の彼女を選んでしまったとして。彼女の方はこれから先、彼と過ごす毎日の中で、叶わぬ恋の相手となったうさぎさんの影と、いつまでも戦い続けなければなりません。
もちろん彼女はうさぎさんのことは知らないのでしょう。けれども、自分の目の前にいるはずの彼の目が自分に向かっていないことや、今まで通りの日常に何かしら不満を抱えていそうな様子に、気づかないはずがない……と、過去に何度かネトラレを経験した私(不名誉)としては思いますね。
いただいた文を読む限り、うさぎさんは、相手の気持ちを汲んであげることのできる、優しい方なのだろうと思います。もちろんここには書かれていないこともあるでしょうが、食事に誘い始めたのも彼と彼女が不仲になってからということですし、決して相手の事情を無視して、自分の気持ちを押し付けるようなことはされない方なのではないでしょうか。でも、そうやって理解のある女のまま彼を彼女のもとに行かせることが、果たして本当に望ましいことなのか、優しいことなのかというと、それについては少し考えさせられます。
というのも、彼女の方は、これからも彼との生活を続けていくわけです。彼にとっての彼女のイメージは日常の中でどんどん手垢にまみれていく。生活を共にして、結婚して、家族にでもなろうものなら、いよいよそこに拍車がかかります。しかしそれは仕方のないことなのです。生活ってそういうものだから。そして、そうやってお互いをすっかりさらけ出して生活を共にするからこそ獲得できる、互いの唯一無二の座というのも、たしかにあるにはあるのです。が、「我が家が一番」と言いながら飽きもせず見知らぬ街に旅行に行きたがるように、気心の知れた彼女との暮らしに根を張りながら、一方で彼は、うさぎさんとの美しく悲しい、叶わぬ恋を、それはもう丁寧に額装して、心の中にいつまでも飾り続けるのだと思います。
……で、私はこれって、ちょっとずるいなって思うんです。生身の女が額縁の中の美しい女に勝つのって結構難しいです。仮にもし彼が日常の忙しさの中で一時的にあなたのことを忘れたとしても、40を過ぎた頃、俺の人生こんなものかと中年の危機を感じ始めると、きっと彼はFacebookか何かであなたの名前を見つけ出し、「久しぶり、元気?」と唐突にメッセージを送ってくると思います。そんな風に、希望として、あなたのことを輝かせ続けると思います。
寝取る女、というのはたしかに鼻持ちならない存在ですが、個人的には、つまみ食いなのに中途半端に夢だけ残していく女が一番鼻持ちなりません。つまみ食いなら夢を見せるな。夢を見せるならガチでやれ、と思います。
ですからうさぎさん、ここはもう腹を括って悪者になってはどうでしょうか。
「彼女のところにいかないで。彼女と別れて私とちゃんと付き合って」と自分の希望を彼に力強く押し付ける。しっかりと意思表示をするんです。それでもし彼がうさぎさんを選んでも、それは彼の選択です。またうさぎさんを選ばなければそれはそれです。手垢にまみれることなく、額縁の中の美しい女でいられると思いましょう。一つだけ気をつけたいのは、しつこくやるとその両方の道を同時に失いかねないということです。やるならぜひ、ここぞというときに、インパクトのある強烈なひと押しを繰り出して下さい。
彼を奪おうとすることは、うさぎさんがただ、理解のある、優しく美しいだけの、平面的な存在ではないこと。欲があって、感情があって、意志がある、生身の人間であることを、彼にしっかりと印象付けることです。結果的にそのことは彼にとって、そして彼の彼女にとっての誠実さに繋がると私は思います。