『砂上』桜木紫乃さん|本を読んで、会いたくなって。
文章にできたら大概のことは呑み込めている。
撮影・土佐麻里子
作家生活10年目を迎える桜木紫乃さんが、記念すべきこのタイミングで上梓した本書。元夫からのわずかな慰謝料とこれまたわずかなアルバイト料で、ギリギリ生計をたてている柊令央が、ずっと隠してきたある過去の出来事を小説に仕上げる過程を描いている。文章と対峙し、もがき苦しむ生々しさに、桜木さんもまたこのように物語という虚構と格闘してきたのかと思わされる。
「1行書いて納得し、2行目で課題を見つけ、3行目でまた納得し。文章を書くってその繰り返し。ただ、私が書いたという足跡は残っているけれど、自分のことを書いたわけではありません。本当のことを書いても小説にはならないですから」
作中では令央が書く文章も提示されるが、それは編集者、乙三の簡潔で冷徹なアドバイスを受け、何度も書き直されていく。また、乙三のアドバイスは書き手としての心構えにも及ぶ。 “書き手を演じることのなきように” と。
「つい最近、納戸を整理していたら姑にもらった、しつけ糸がついたままの訪問着が出てきたんです。鶴と虹の模様が入った鮮やかなブルーの、とってもいい着物。毎朝3時に起きて牛の世話と畑仕事に追われていた姑がこの着物に袖を通すことはありませんでした。姑が長男の嫁にその着物を譲ったという出来事は小説ですが、書き手の私が心を動かされた現実を綴っても小説にはなりません。新たな感情を料理する自分にスポットライトは要らないんですね。頭の中に納戸の様子と姑の着物、帯があればいい。書き手はこの納戸にどんな角度からどんな光をあてたら一番いいのかを考え続けますが、そこに “悩んでいる自分” はいないんです」
実際、令央が試行錯誤しながら書くことで、彼女の秘密には様々な角度から光があたり、自然、思いもよらない、違う見え方が立ち上がってくる。過去に向き合って書くという行為は苦しいものだが、浄化・再生の作業でもあると実感させられる。
「言葉にもならないことを言葉にして、心と体を整えていくんでしょうね。私はこれからも狭い世界の小さなことを書いていくのかなと思っています。ただ、若いころと違い、見つけたものを発酵させてから書くようになりましたね。ナマモノよりおいしく、栄養価も高い気がするんです」
青い着物にまつわる物語の熟成を待つ間、『砂上』が醸しだす複雑な味を一人でも多くの人に体験してもらいたい。ゆっくりと。
角川書店 1,500円
『クロワッサン』961号より