あえて狭くして快適に暮らす、減築リノベーションとは?
撮影・小出和弘 文・後藤真子
親が建てた築40年以上の一軒家を5年前にリノベーションした大沢隆一さん・順子さん夫妻。きっかけは、東日本大震災で重い瓦屋根が不安になり、家の耐震対策を真剣に考えたことだった。もともと4人兄弟の隆一さんが育った家で、増改築を重ねて複雑な間取りになっていたり、全体に暗くて寒かったりと、60代の夫妻が暮らすには不便な点も多かった。そこで、耐震対策も含め、定年後の暮らしに合う快適な家へリノベーションすることに。
建て替えではなく、改築を選択したのは「自身の父親が建てた家をゼロにはしたくない」との思いが隆一さんにあったから。よい改築家を探してNPO法人家づくりの会を訪ね、建築家の赤沼修さんに出会った。
「その家のある思い出が失われず、生活もガラリと変わらないのが、リノベーションの利点です」と赤沼さん。
赤沼さんが提案した改築案は、基礎などを耐震補強するのはもちろん、過去の増築で張り出していた南側の一部が採光や通風の障害になっているため、その部分を減築すること。コストを抑えるため2階のきれいな和室などそのまま使える既存部は残し、全体に「回遊動線」が得られるよう間取りを変更することだった。
「1階は、バラバラだった台所とダイニング、茶の間をLDKとして一つの空間にまとめ、キッチンからトイレ、洗濯場、風呂まで一直線に動ける配置に。さらに玄関、寝室、2階へも行き止まらずにぐるりと回れるようにしました。引き戸を多用することも広々とした空間づくりのコツです」と赤沼さん。
リノベーションによって明るさと暖かさも格段に向上した。減築のおかげで誕生した庭から、LDKにさんさんと陽が入る。その光が回遊動線を通って家全体に回る。床から冷えてくる寒さは、高性能の断熱材を使い、床下にエアコンの暖気を送って土間に蓄熱する方式の暖房で解消。結果、冬場の光熱費も以前より抑えられている。
減築で2階の納戸をなくしたが、収納スペースは充分。この機会に不要な物は整理した。「タンス3点セットを捨てました(笑)。大人数で暮らしていたときは納戸が必要でしたが、今は夫婦二人なので収納スペースが減ったという実感はありません」(順子さん)
「減築して床面積は減っていますが、有効部分は増えたと思います」(赤沼さん)。間取りの変更でデッドスペースがなくなり、家の各部は回遊動線でつながっている。寒かった廊下や階段が今は居室と同様に暖かいため、苦もなく家じゅうを行き来して生活できる。面積は減っているのにかえって広くなったような感覚さえあるのだという。
室内の仕上げに、自然素材をふんだんに使用したのも特徴。LDKの床はナラの無垢材、天井はマツ、壁は沖縄の月桃紙、建具やキッチンには無垢材とも相性のいいシナベニヤ。「木は温かみがあっていいですね。安らぎがあるというか、くつろげます」と隆一さんは大満足だ。「自分たちだけでは、こんな家は想像できませんでした。建築家に依頼したからこそできた家です」
独立した「寒い暗い」台所を減築、おかげで庭ができ、家事も快適。
順子さんが長い時間を過ごす台所は、以前は1階に増築して張り出した部分にあり、ダイニングとも仕切られていた。そこを思い切って減築しLDKとして一体化。おかげで空間が広く明るく暖かくなり、キッチンにいながら夫と会話ができるようになった。庭ができたのも収穫。
2階は書斎と納戸をなくして 広めのトイレと物干しデッキに。
4人兄弟の隆一さんと両親が住んでいたころは、人数が多いため納戸が必要だった。しかし隆一さん世帯だけになると2階の納戸は不要な収納。1階の減築に伴って2階も見直し、納戸と書斎を壊してトイレを設けることに。北側の和室2つはあえて手を入れず、コストダウン。
足元から冷えてくる、一軒家の悩みを「床下エアコン」で解決。
「冬、廊下に出るとすごく寒かったんです」と順子さん。足元から伝わる冷えは古い一軒家に住む人の悩みだ。それを解決したのが「床下エアコン」。床下の空気を温めて暖気を家全体に循環させる。「以前はホットカーペットを使っていましたが、今は普通の絨毯でよくなりました」
人が動きやすいだけでなく、風や光の通りもよい回遊動線。
赤沼さんが意識した「回遊動線」。廊下や部屋を通り抜け、ぐるりと行き止まらずに動ける。増築を重ねて複雑に仕切られていた間取りを見直し、減築に併せて1階も2階も回遊動線を確保。その動線は人だけでなく光と風の通り道になり、明るく、心地よく、新築の約半分の費用で住みやすい家に生まれ変わった。
『クロワッサン』951号より
●赤沼修さん 建築家/一級建築士。赤沼修設計事務所主宰。NPO法人家づくりの会所属。住む人の目線に立って新築やリノベーションを手掛ける。共著多数
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