『サンライズ・サンセット』山本一力さん|本を読んで、会いたくなって。
憧れの江戸の匂いをNYに感じたんだよ。
撮影・森山祐子
江戸の庶民を描く時代小説の名手である山本一力さん。新作は、なんと現代のニューヨークが舞台。きっかけは、ジョン・マンの生涯を描く歴史小説の取材だった。
「毎年マンハッタンに行くようになって、10年目になるかな。1カ月半ほど長逗留するのがパターンで。もうね、行けば行くほど好きになる。東京が失ってしまった、俺が子どもの時分にあった町が、俺が憧れている江戸の暮らしが、マンハッタンには“いま”の話として生きている。そう感じたんだ」
摩天楼が並ぶ世界の最先端のイメージはほんの一角。まったく変わらない場所のほうが多いという。昔ながらの風情の町には、肉や魚の店、靴の修理にクリーニング店など、専門の個人商店がずらり。住人はなじみの店主とやりとりしつつ、自分の町内でなんでも揃える。画一化された全国展開店と違い、いきおい町に個性がうまれる。脈々と受け継がれて文化になる。
「とにかく、人が主役で生きている。そのことに強く惹かれたの。営まれている暮らしにも、人の数だけバリエーションがある。それを短編にしたらおもしろいなと」
そして書き上げたのは、田舎から初めて出てきたおばあさんと白タクの運転手のエピソード、閉店するグリーンマーケットの店主のために町の人々が仕掛けるサプライズ、近所の店の子どもたちの小さな冒険など、町とそこで暮らす人々の息吹を感じるものばかり。舞台はニューヨークだが、まさに山本さんらしい人情噺なのだ。端役に至るまで、その人の物語も読んでみたくなるほど。ここに行けば会えるかもと想像してしまう。現に、話に出てくる名物ピクルスや焼きとうもろこしのコーン・スペシャルなどは本当にあるグルメ。
「エンパイヤ・コーヒーもしびれるぞ! 刑事映画のまんま、警官がたむろしてコーヒー飲んでドーナツを食ってる。店のお兄ちゃんは本当に豆が好きで。デカフェでも種類が豊富でうまいんだ」
若い人に交じって年配の人が生き生き働いているのもうれしい。
「俺たちは先輩からバトンを渡されてきたんだよ。一膳めし屋に入ったら、さっさと食って出るように言われたり。そういう江戸の言葉でいう“様子がいい”とはどういうことかを若い人に受け渡したい。これはね、マンハッタンを舞台にしたらいくらでもリアリティのある話として書けるんだ。こういうのいいな、と読者が感じてくれる小説を今後も書いていきたい。それが俺のいまの強い決意だね」
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