【前編】かわいい・愛おしい、
ロマネスク美術への招待。
撮影・菅野康晴(工芸青花)、森山祐子( 金沢さん)
西洋中世美術を専門とし、おもにロマネスク美術を研究している金沢百枝さん。大学で教壇に立ち、『ロマネスク美術革命』など多くの著書のほかに、ツイッターでもロマネスク美術を訪ねる旅の様子や写真を投稿している。
「ゴシックやルネサンス期の美術にくらべてマイナーなロマネスク美術ですが、その魅力をひとりでも多くの人に広めたいのです」と語る金沢さん。
金沢さんがロマネスク聖堂を訪ねる旅を始めたのは2000年のこと。留学中のロンドンの書店で手にとった『イングランドの最も美しい千の教会』という本を見て、イングランド北部のヘレフォードシャーにあるキルペックの聖堂を訪れたのだ。
そこで、金沢さんが親しみをこめて「うさわん」と呼び、現在は自身のツイッターのプロフィール写真にするほどお気に入りのひとつの彫刻に出合った。
「『え? なにこれ?』と思いました。しかも、これだけでなくほかにいくつも魅力的な彫刻を見つけて驚いたんです。『ちっとも有名でないひとつの聖堂で、こんなに魅力的なものがたくさんあるのだから、ほかも訪ねたら一体どれだけ面白いものが見つかるのだろう』と、いてもたってもいられない気持ちになりました」
それからずっと、金沢さんのロマネスク美術への旅は続いている。
「ロマネスク建築の聖堂や城は、フランスやスペイン、イタリア、イギリスなどほぼヨーロッパ全土にわたって存在しています。昔は要所だったが今は辺鄙な田舎となっている地にあるものも多い。そういうところに行って、愛らしくてユーモラスで、時には不気味でかわいかったり。いろいろなロマネスク美術に出合うことが楽しくてたまりません。
教会の聖堂というと、荘厳な雰囲気で笑いとは縁のないイメージだが、こんな彫刻を見たらだれでも思わず微笑んでしまいそう。「ここになぜ、こんなものが?」という不思議。さまざまな仮説はあるが定説はない。
キリスト教の教義を民衆にわかりやすく伝えるため、という説や、彫刻を担当する石工が社会への批判として作ったのでは、という説、魔除けや安産祈願など俗信を体現している、などの諸説あるが、「現代の私たちが見る時に感じるのと同じように、当時の人々もこれらの彫刻や意匠を見てびっくりしたり不思議に思ったはず。見る者の感覚や感情に直接訴えかける、『心の反応』を呼びおこす、そのためにこれらの彫刻が作られたという一面があったのは間違いないと思います。学術的な見方ではありませんが、自分で訪ねて自分だけのお気に入りを見つけることもできるし、自由に解釈することもできる。知識や定説を重んじる人間の感性に訴えかけるためのもののように思います。そういうおおらかさもロマネスク美術の大きな魅力なのです」
『クロワッサン』935号より
●金沢百枝さん 美術史家/東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、東海大学文学部ヨーロッパ文明学科教授。著書に『ロマネスク美術革命』(新潮選書)。