#04 ブダペスト女性のあっけらかんとした未来感に共感。
文/写真・とまこ
風がいい、とにかくいい。街の真ん中を悠々と流れるドナウ川の橋を渡りながら、あぁぁ泣きそう。しあわせが体の中心からあふれにあふれて、くすぐったくて仕方ない。この風に、明日もあさっても取り巻かれると思うだけで……たまらない!
ここはハンガリーの首都プダペスト。50カ国以上旅してきて、はじめて出会う思い。「この街に住みたい」。
だって人がやさしすぎて! 駅から宿、そしてカフェから橋に来る間だけでも感じた、人々のここちいい距離感。道を探していると現地の人が、スーパーの棚の前で物を探しているとお店の人じゃなくお客さんが「Can I help you?」って。しかも品があって、サラッと助けてスッと去っていく感じ。
そして、なにはともあれ街の様子に一目惚れ。レトロゴージャスなカフェの並ぶおしゃれ感をなんと言ったらいいのやら。店を出れば、カラフルなトラム(路面電車)がのんびりカタカタ行き交って。そんな極上のイントロを経てドナウ川に辿り着くと、ババーンと開ける絶景! キラキラ光る川面、川岸から丘へと折り重なる、異国情緒溢れる教会のシルエット、感動して佇むわたしの肌を、ふわっとなでては過ぎ去る、乾いてるようで湿った、不思議な風の肌触り……惚れ込むには充分だ。
さらに過ごして加わった好きポイントは、廃墟を改装したルーインBARの光と音。街中にある効能抜群の公共温泉。活気溢れる下町風情の市場。道端で人々が気軽にパクつく100円しない、さっくりしっとり巨大なクロワッサン……とにかくこの街のぜーんぶが大好きなんだ。
さて、そんなブダペストでの宿は、西駅からすぐそこの、『Aventura Boutique Hostel』(https://www.hihostels.com/hostels/budapest-aventura-boutique-hostel) 。よく磨かれた古い建物の3階にあって、居心地のいい雰囲気と、ロフトを多用したデザインには遊び心が溢れていてとってもおしゃれ。
いつものように、浮かれ気味でおさんぽしに外へでる。そう、扉を開けて道に踏み出す瞬間が好き。このわくわく感は、いくら旅を続けてもぜんぜん薄れることはない。
そして同じ建物の一階のカフェを通り過ぎ……ようとしたら。かっこいいオーラをまとう女性を発見。真剣にパソコンと向き合っている。ん? なんだこの新鮮な感覚は。彼女を見て気づいたけど、ここまでに訪れたトルコ、ブルガリア、ルーマニアでは、外で仕事をしている人を見なかった。どころか、電車内でスマートフォンをいじってる人さえいなかった。そんな中彼女の姿はちょっぴりセンセーショナルだったな!
スラッとのびた背筋と、パソコンを軽やかに打つ手元がセクシーで見入っていると、彼女は顔を上げる。視線がバチッ、そしてニコッ。わたし、声に出してなかったよね? 一瞬焦って恥ずかしくなる。海外にひとりでしばらくいると、ひとり言が出るようになるんだよね……多分わたしだけじゃない気がするけど(言い訳)。
ともあれ「ハロー」。彼女のところまでいくと、本当にセクシーな女性だった。高い鼻の奥のダークな瞳がやさしい半月型。はぁぁ吸い込まれてしまいそう。
「あ、あなた上のホステルに泊まってる日本の人?」
すぐばれた(笑)。
「わたしはアグネス。ホステルのオーナーよ、よろしくね」
なんとまぁ、こんな若い女性が宿のオーナーとは。さらには、世界のユースホステル協会のお偉いさんであることもきいた。正真正銘のできるオンナだ!
「この街は気に入った?」
ここぞとばかりに、ブダペストへの愛を語り、宿がおしゃれすぎてユースホステルのイメージが変わったから、このまま住んでしまいたいとも言った。5割方ホンキね(笑)。
「デザイナーがよかったのよ。旅人らしいコンセプトでお任せしたわ」。
各部屋は、インドや宇宙など、テーマが決まっていて、それにあわせたおしゃれな演出がある。わたしのシングルルームは「JAPAN」。ちゃぶ台や座布団、すだれなどの和風なインテリアと、洋風レトロなもののリミックスがおもしろい。
また、アグネス自身がドミトリーによくある二段ベッドが苦手なので、それを置かずに済むよう、ロフトを取り入れてその分のスペースを確保していると。事情がありつつもおしゃれ感しか漂わせていないのがさすが。
彼女はデザイナーやスタッフをよく褒める。気持ちがいいし、彼女の下で働く喜びがよくわかる。自分や相手の能力を的確に見極める才能と努力にほれぼれだ。
「5時になったら子供を迎えにいくわ」
話の途中、ちらりと時計を確認。彼女は39歳で6歳の女の子と4歳の男の子がいるそう。なかなか意外。こんなにバリバリ働く女性が二児の母とは。海外のキャリアウーマンの恋愛事情に興味がわいて、ダンナさんとのなれそめを聞いてみる。
「あ、ダンナじゃなくてボーイフレンドよ、少し歳上なの」
んん? 一瞬「?」で頭がいっぱいになる。あ、そっか、別れてから子供できたタイプかな。ん、でも子供が二人ってことは……?
「彼は、わたしが前に経営していた広告会社のデザイナーだったの、部下ってことね。かっこいいわよ。31歳のときから一緒にいるわ。」
へ〜! 宿のオーナーというだけでもすごいのに、別会社の起業もしていたとは。それにしても「かっこいいわよ」って笑顔で言ったけど、別れた人のことだよね?
「彼のセンスはすばらしいけど、運営はだめね。ビジネスはわたしが得意なの」
やっぱり、ビジネス的に考えがあわなくて別れたのかな? もう少しつっこんでみようと、休日の使い方を聞いてみた。
「4人で公園に行ったり、ショッピングしたり……」
あれ、4人だ。ははぁなるほど、やっと合点がいった。ヨーロッパでは結婚をせずに、結婚しているのと同じように家庭を作ることもあると聞いていた。ほんとにそんなことがあるんだなぁ。正直、不思議な感覚だ。しない理由ってあるのかな?
「う〜ん……だって今、完璧にしあわせよ。結婚してなくても同じような保証をうけられるシステムもあるし、してもしなくても何もかわらないのよね、する理由がないわ」
そうか、単に必要性を感じてないんだけなんだ。確かに、国の保証もあるなら、結婚はただの紙きれ上のことかもしれない。でも、結婚すれば安心感はありそうだけど。ほら、離婚経験者はそう考えないと思うけど、大抵は「別れはどこにでもある、でも自分たちに限っては違う」と思っているのでは? わたしも当時はそう思ってたもの(笑)。
「10年後どうしたいかなんてわからないじゃない。別れてるかもしれないわ」
わー! なんにも聞いてないのに、自分から笑顔でそうおっしゃるアグネス。そうか、気にしてないから軽く言えるんだ。今がとにかく幸せで、もちろん別れるイメージもないけど、別れないイメージがあるわけでもない。単になんにも考えていないだけかな。ちなみに結婚してるカップルの離婚率は50%だそうな。
瞳はもうキラッキラで話口調もおちゃめさんにかわってる。こっちもうきうきしてくる♪
なるほど……自分の努力で操作できる未来については具体的に思い描き、ひとりの力では完成されない未来については考えない、あっけらかん! これが、ハッピーな、できる女性の秘訣かもしれない。