#03ルーマニアで出した答えは「今を、幸せに生きることが美しい」。
文/写真・とまこ
午後5時30分。ルーマニアの首都、ブカレストの駅に到着。ブルガリア北部の街ルセから、電車で国境を越えてやってきた。
「さぁ、行くよ」いつになく自覚を持ってホームに降り立つ。わたしの体の隅々に、ぴりぴりと緊張が走っているんだ。なぜってこの国の事前情報にいいことがあまりなかったから。旅人のブログ、知人からの注意喚起、ルセの住人の評判……。20キロを超えるバックパックの重さを感じている余裕は無い。無事に宿へ辿り着きたいんだ。
「な〜んにも恐くありませんっ」そう声に出して言い聞かせ、メトロへ向かう。本心って、どうしても顔や態度に出るでしょう(特にわたし)。怯えている人は、脅かしたい人をきっと引き寄せる。笑っている人には、笑わせたい人が集まるように。
メトロのホームで電車を待っていると、ポシェットに視線を感じてヒヤリ……そこにいるのロマ(*)の2人組だ。サッとポシェットを抱えると、彼らは消えた。
この国の評判を悪くするのは、言ってしまうとロマの人の悪事だ。これはある意味差別だし、何人だろうがいい人も悪い人もいる。特定するとはナンセンス。でも、そう言われれば恐くなるのが人情で。そして実際訪れると、不穏さを感じるときは、残念ながら彼らが絡んでいた。朝から酔っぱらい怪しく声をかけてくるのも彼らの一部だし。顔立ちも服装も違うからひと目でわかるんだけど。
さて、メトロを一回乗り継いで、めでたく宿の最寄り駅に着く。ほっとして地上にでる……あっつ! すごい日差しでブルガリアより暑い。北上したのに。 緯度だって北海道と同じくらいなのに。
少し進み、大きな交差点で信号待ち。改めてグルリを見渡す……ショーウィンドウに目が止まる。あの服ほしいな〜。ん? そういえば店も人のファッションも、急におしゃれになった。んん? 女性のスタイルもばっちりだ、お尻がぷりっぷりで足の長い人が多すぎる! 顔のキレイさもハンパない、メイクもいい塩梅のばっちり度。ブルガリアではノーメイク率が高かったのに。
宿まで10分歩くと、充分わかった。この国の女性は顔も体も美しい。ちなみにこれ、パラグアイからブラジルに入ったときに感じたのと同じ案件だ。国境線一本超えたら急に美尻大国で驚いた、あのときの感動と匹敵するよ!
チェックインを済ませると、街へでる準備。美女を撮りたいのは山々だけど、不穏さを感じたのも確かなので一眼レフカメラは泣く泣く部屋のロッカーにしまう。
しばらく行くと、視界にススッと男性が登場、「ハイ」。優しそうなスレンダー。少し話すと、案内するよって。何度か断ったけど、彼はきもちよくネバる。いい人なのは伝わってきたし、ひとり歩きが恐いのは確かだから。善良な現地人ならいてくれたら心強いかも……迷いだしたら、それが顔に出たみたい。「えっと……」「じゃあ行こう、決まり!」わたしの背中をぽんと押すと歩き出した。
彼の名前はマリウス。留学会社のアドバイザーをしている26歳で、仕事あがりにわたしを見つけたらしい。どこまで本当かは知らないけど気にしない。誠実そうならそれでいい。ルーマニアのことを一生懸命教えてくれて、日本のことを色々質問する。そして言う。この国は変わったんだよって。10年前は危険だったけど、今は違うんだって、胸を張る。
話は盛り上がり、サルサBARへ躍りに行くことに。わたしはサルサなんてできない。でも、教えてくれるって言うし、せっかくの旅の一幕だ。へんてこな躍りだって気になんかしないんだ。
深夜、宿まで送ってもらう途中、ロマの夫婦がマリウスに話しかけた。彼が何か話すと、夫婦は歩き出す。数秒後、夫婦は戻ってきてマリウスに数言訴える。彼は20レフ(約1400円)札を渡した。ちなみに、おいしいプレッツェルはひとつ1レフ(約70円)。
「初めに道を聞いてきたんだ。心の距離を詰めてからお金をねだるストーリーさ。女性といるのもミソだね。断りづらいでしょ。仕方ない、彼らは貧しいんだ」
……そうか、貧しいだけだ。ものすごく納得した。
翌朝、カメラを首からさげておさんぽへ。街の中心で教会に行き当たる。入ってみると、とっても神聖な雰囲気だった。祈る6人のうち、3人はロマの人。彼らは順番に牧師さんに懺悔する。まなざしは熱く、真剣そのもの。……彼らは貧しいだけなんだ……マリウスの言葉が蘇る。そうか、だから祈るのか。
急に、ロマの人々への警戒心がそっくり消えた。同じだ。自分たちと同じ。生きるために必要なものを求めているだけ。やり方の是非は個人の問題。心が、パーッと晴れ渡った。
少し進むとかわいいショーウィンドウを発見。そうそう、いい気分だといい出会いがあるものだ。店内は個性的で上品な服がいっぱい。ピンクのシフォンとデニムを合わせたシャツに一目惚れ。レジに行くと、店員さんに一目惚れ。美人すぎる! 優しさにじむ、はつらつとした笑顔はブカレストの女神だわ〜。う〜ん、写真に残したい。お願いすると、照れつつもOKしてくれた。名前と、そして失礼ながら年齢も聞く。予想は27歳ね……名前はシモナ、34歳息子さん2人!
「ほとに?! なんでそんなにキレイなの? 特別な秘訣でもある?」
「ルーマニアには、いいコスメがあるのよ〜」
う〜ん、それも一部かもしれない。でもそれだけじゃ納得いかないなぁ。
話がのってくると、スマートフォンの中の家族写真を見せてくれた。さすが、女神の息子は完璧すぎる美しさ。彼らは海が大好きだから、夏休みにはギリシャのビーチへリゾートしに行くって。300キロくらいだから、車ならすぐよって。
写真をどんどんめくっていくとセルフィー画像にいきあたる。おぉぉ、さらなる美人ママが! セクシーなドレスがよくお似合い。
「あ、これクラブに行ったときのよ」
なんと、子供はダンナさんか、ダンナさんのお母さんに預けて行くそうな。日本でも自由なママはいる。でもさすがに、初めて聞くパターンだ。それを告げると、
「なんで? 男も女も同じよ、楽しまなくっちゃ」
なるほど、なるほど。ダンナさんの寛大さと、二人の信頼関係の賜物でもあるかな。それから一応確認。子育てにストレスはないのかな……。
「ん? 考えたこともないわ」
明快! では、10年後をどう描くかも聞いてみる。
「数カ月前から夫がデンマークで働いてるの。月に一回は帰ってくるけど。来年には家族みんなであっちに引っ越す予定よ。将来はそれから考えるわ」。
彼女の美の秘訣がわかった気がした。『今を、幸せに生きてる!』それにつきるのじゃないかしら?
店を出ると、宿に戻って荷物を引き取り、夕方発の寝台列車に乗るべく駅へ向かう。ハンガリーへ行くんだ。
この国の滞在は短かった。でも、とっても大切なことを受け取った。来る前は恐怖に囚われていたのに、ここを去る今、温かさしか感じない。街の文化に触れて、現地の人と遊んで、臨場感あふれるここの家庭事情を聞いて。
想像と実感は違う。「手応え」それが、旅の良さだ。
(*)昔の呼び名は「ジプシー」。非定住で欧州とは全く異なる文化の基に生きる人々。