『アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生』著者 泉 秀一さんインタビュー ──「ケニアでは高校を探すのも一苦労でした」
撮影・中島慶子 文・クロワッサン編集部
青山学院大学が三連覇を遂げた今年の箱根駅伝。エース区間「花の2区」では、区間新記録を出した城西大学のキムタイに続き、2、3位もケニア人ランナーが占めた。しかしこの留学生たちの“正体”については、実は駅伝ファンもよくわかっていない。自身も陸上経験者で、彼らの圧倒的な強さを見てきた泉秀一さんもそうだった。
「当たり前のように走っているけれども、なぜ日本にいるのか。誰が連れてきていて、ある時期の選手たちはなぜみんな〈ガル高校〉出身だったのか。そんな素朴な疑問を長年抱いていました」
その疑問解消が、経済メディアの編集長からノンフィクションライターへ転身して最初の課題に。
「日本に来たケニア人ランナーの中には成功する人と、帰国後や引退後に苦境に陥る人がいるという話を聞いていて、そのコントラストが描けるだろうと思ったんです」
しかしいざ現地に行ってみると、意外にも高校探しで苦戦する羽目に。なにしろ、男子選手を多く輩出したはずのガル高校が、今も昔も女子高だったのだから。
「日本の高校を海外のライターが探すなら、来日すれば済む話じゃないですか。だから自分もケニアに行って2、3件当たればなんとかなると思っていたんですが……」
それが〈「人買い」と呼ばれた男〉の章で詳述される“エージェント”なる人物によって築かれた、半ば強引な留学システムのせいもあり、情報が錯綜。困難を極めた。
「何度も諦めかけました。誰に頼まれたわけでもないのに、なぜこんなに歯食いしばって、と(笑)」
結果的に本書の大きな見どころともなったのだが、一方で泉さんの心に一番残っているのは、選手の前歴ではなく“その後”だった。
「豪邸を建てた成功者がかつて住んでいた家にも行ったのですが、もう鶏小屋同然なんですよ。下は床じゃなく土で、板の壁からは隙間風が入ってくる。その対比を見たときに、彼らが必死に走る理由が感覚的にわかったんです」
批判や差別感情があるのは選手たちではなく大人側
留学生が日本で活躍すると避けられないのが、差別的な批判だ。泉さんは、箱根駅伝で初めてケニア人ランナーを起用した大学や、ケニア人留学生の招請を実現した公立高校にも取材。また細密な現地取材でリアルな反応を収集した。
「選手同士は、留学生は強いなとか身体的に恵まれてるなというのはあってもずるいとは思わない。割と爽やかなんです。批判や差別があるのは結局、大人側ですね」
当のケニア人選手たちは偏見などはあまり深刻に受け止めておらず、とにかく家族に送金するという一念で走っている、と泉さん。
「僕は、彼らがもし日本で稼げるルートがなくなったとしても、それなりにやっていくだろうと思うんですよ。でも、こういう感情論で排除する動きを見ても、いまは競技界だけでなく日本社会全体が排他的な方向に行っているんじゃないかとは感じています」
『クロワッサン』1159号より
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