制度のすき間にあるやさしさ。その人らしさを支える3つの手──青木道子さん “生き方”を守るケア(2)
撮影・岸本修平 構成&文・殿井悠子
かつて舞台の上で生き、いまなお「演じるように生きていたい」と語る、元舞台俳優の青木道子さん。92歳になったいまもその気概を胸に、新宿の街でひとり暮らしを続けている。そこには、青木さんが自分らしく振る舞えるようにと、日々“支え合いの舞台”が静かに整えられている。その中心にいるのが、ケアマネジャーの森岡真也さんだ。
「介護はただのサービスじゃない。人と人との関係を編むことだと思うんです」
と森岡さんは言う。森岡さんは、介護保険のサービス調整といった本来の業務にとどまらず、青木さんの“暮らしそのもの”に向き合い続けている。例えば、「今日はちょっと顔色が違うな」と思えば、青木さんの自宅にさりげなく立ち寄る。見守りや話し相手が必要だと感じたときには地域ボランティアに繋ぐ。森岡さんが店長を務める『サニーデイズカフェ』では毎月「オレンジカフェ」(認知症の人と家族、地域の人などが集う交流の場)を開催しているが、そこでは青木さんがロンドン流の紅茶を淹れる。それは、海外暮らしの話や芝居の思い出を語りはじめると、急に声が弾む青木さんの「心の元気」を感じ取った森岡さんが用意した生きがいを支える“舞台”だ。
青木さんの暮らしを支えるのは森岡さんだけではない。「介護保険サービス」「社会福祉協議会(以下、社協)」「地域の人たち」。この3本柱が、青木さんの日々の安心を形づくっている。社協は、介護保険では対象外になるゴミ出しや片づけ、金銭の管理といった日常の“困りごと”に、必要に応じてボランティアを調整し、柔軟に対応してくれる。また、買い物ついでに青果店の店主が「元気?」と声をかけるような“なんとなく”の見守りも、ひとり暮らしには心強い存在だ。
「介護保険が整備されて25年、現場では未だに、制度では補いきれないことが山積みです。孤立の予防や心のケア、生きる喜びをどう支えるのかという課題には、制度の枠を超えて、もう一歩踏み込んだ関わりが必要になります」
“制度は線を引くけれど、人の暮らしに線は引けない”と森岡さんは考える。その言葉の意味を、青木さんの“いま”が物語っている。(続く)
『クロワッサン』1146号より
広告