老いも人生の一幕。表現者として自分を生きる──青木道子さん “生き方”を守るケア(1)
撮影・岸本修平 構成&文・殿井悠子
「私はね、演じるように生きてるの」
そう言って微笑む青木道子さんは、今年で92歳。若い頃、青木さんは新劇団の「劇団民藝」の俳優だった。権威的なものには反発する勝気な性格もあり、ある時演出家と口論になったことをきっかけに、39歳で単身英国へ。そこで語学学校に通いながら、毎晩のように劇場へ足を運んだ。
「当時は名優ローレンス・オリヴィエが活躍する時代。お金がないので毎回天井桟敷の安い席で、舞台上のオリヴィエはとっても小さかった。でも『ヴェニスの商人』の悲劇を演じたオリヴィエが舞台に立った瞬間、彼の思いがわーっと溢れて、私の席まで届いたの。忘れられない」
感動を与える本物の芝居を見た青木さんは、海外公演をしていた当時の日本の舞台作品に違和感を覚えた。
「もっと良質な日本の演劇があるはず。自分がその作品たちを世界に届けなければ」という使命感から、海外に日本の演劇を紹介するプロデューサー業へと転身する。
帰国後、新宿で一人暮らしを始めた青木さん。「劇団民藝」に戻って俳優をしたり、英語講師をしたりと、変わらずアクティブに過ごしていたが、2025年に自宅で倒れ、そのまま3日間動けなくなったことがあった。定期的に訪問していた見守りボランティアさんが異変に気づき、緊急搬送されて一命を取り留めたが、このことをきっかけに、青木さんを支える支援体制が本格的に組まれるようになる。支援の要は、ケアマネジャーの森岡真也さんだ。森岡さんは、介護保険では賄えない部分を社会福祉協議会(以下、社協)と連携して補うという柔軟な方針で、青木さんのケアプランを組み立てた。
現在、青木さんの体は回復したが、くも膜下出血による高次脳機能障害がある。入浴、掃除、買い物支援などの生活サポートは介護保険サービスを利用。社協は、話し相手や書類整理など、暮らしのちょっとしたサポートをするボランティア派遣のほかに、最近は金銭管理の支援も行っている。青木さんの場合、安否確認には近所の青果店やコンビニ店員もひと役買っている。青木さんは、まるで舞台の台詞のように豊かな抑揚で軽やかに会話を交わすので、自然と見守りの輪が広がっているのだ。
そんな青木さんにとって、“演じる”とは「暮らしを舞台に、自分を失わずに世界と向き合う方法」であり美学。森岡さんたちが、その誇りを守る役。次回からは、青木さんを陰ながら支える、介護のプロフェッショナルたちを紹介する。(続く)
『クロワッサン』1144号より
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