俳優・安藤玉恵さん初のエッセイ『とんかつ屋のたまちゃん』——「街のみんなと過ごした時間はとても贅沢でした」
撮影・黒川ひろみ スタイリング・Kei(salon de GAUCHO) ヘア&メイク・大和田一美 文・クロワッサン編集部
いま話題作といわれる映画やドラマで、安藤玉恵さんの名前を見ることが少なくない。
本書は安藤さんの初めてのエッセイ本。生まれ育った東京・尾久の商店街、パワフルで個性的な家族。小学生だった安藤さんの眼を通して、昭和の最後に確かにあった情景が生き生きと描かれる。
「その頃の尾久は三業地と呼ばれた花街。両親がとんかつ屋を営んでいたので私は商店街の皆に育てられました。学校から帰ってきて寝るまで近所の人たちと過ごす毎日。このお店で15分おしゃべりして、次でも15分、みたいな」
〈一番の話し相手は、駄菓子屋のおばさんだった。(略)「私、ちょっと人間関係につかれているの」低学年の私が言うとおばさんはうれしそうに可笑しそうにする〉
今思えばとても贅沢な時間だったと思う、と安藤さん。
「大人の話を、今のようにスマホの画面の向こうじゃなくて、生で浴びるようにして育ったことは、とても恵まれていましたね」
とはいえ丁寧な扱いをされていたわけではない。
「忙しい日はちょっと邪険にされて『どっか行けよ、ガキ』みたいな。でも叱られてもめげないで次の日にまた行くんです。これやったら怒られる、ここまでやったら…と、そうして大人との距離感を測れるようになった。書いてて『私すごく怒られながら育ったな』と思いましたけど(笑)、昭和の子どもってみんな、そんな感じでしたよね」
今になって分かる、あの頃の大人たちの思い
個性派俳優としてひっぱりだこの安藤さん。その役どころは多岐にわたる。店子を見守る長屋の管理人、多忙なシングルマザー、気丈な踊り子など。自分の環境で真摯に生きる人物であることが多い。こうやって育てられたことは現在の仕事に影響を与えていますか?
「この経験が直接俳優になった理由に結びついているわけではないですが、さまざまな人生の大人を見てきたという思いはあります」
子どもの頃気づかなかった周りの大人の女性の思いが今はわかる。
「女性は30代後半くらいから大きな悩みを抱えるようになる。社会に揉まれていろんなことがあって、結婚するしないで分かれるし、出産するしないでも人生が変わる。
本でも書きましたが、あるとき父方の叔母さんが私に『男は、結局みんな同じだよ』って言ったんです。それを母に言ったら『子どもに汚いことを教えるな』と激怒して。今思うと、生涯独身だった叔母がいろんな人と出会って傷つけたり傷つけられたりして、その結論になったことがわかります」
父自慢の〈ニュータッチのとんかつ〉、焼き鳥屋の店頭の炭火の香り、スナックのマスターの名調子。温かい筆致はドラマを見ているようだ。この物語がドラマになったら誰を演じたいですか?
「語りです。全部の回に出られるから。上手に繋げながら語りをやりたいですね」
『クロワッサン』1144号より
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