『好きな食べ物がみつからない』著者 古賀及子さんインタビュー「20代から抱えていたテーマにようやく向き合えました」
撮影・中村ナリコ 文・中條裕子
「20代から抱えていたテーマにようやく向き合えました」
自分の好きな食べ物。極めて私的なこのテーマを内省し、行動し、掘り下げた記録が古賀及子さんの新刊だ。
〈「好きな食べ物」がみつからない。いや、好きな食べ物はいくらでもあるんだ。(略)私がみつからないという「好きな食べ物」とは、「あなたの好きな食べ物はなんですか?」と誰かに聞かれたときのアンサーだ。〉
アボカドかも、小学生のときにそう発表したから。確かめるために高級食材店の1個518円のそれを食べてみる。おはぎかもしれない。その可能性に賭けて日本一と評判のおはぎを仙台のスーパーまで買いに行く。寿司かもしれない、エビチリかも、と築地や赤坂の有名店ののれんをくぐる。
このことに向き合おうと思ったのはなぜですか?
「これは長いあいだ、自分のテーマでした。私は今40代半ばですが、20代前半ぐらいから『好きな食べ物ってなに?』と人に聞かれた時に、自分はずっと窮しているなという自覚があって」
人生のテーマに匹敵する難題だとずっと抱えていた。
「これに答えることは自分の人生や性格、価値観をあらわすことではないかと。それを人に見透かされてしまう予感がずっとあったんです。いちどまとめて考え抜いてみたい、そう思いながらこれまで放っておいてしまって」
改めて味わうお高いアボカドは美味しいけれども違うと感じた。寿司と対峙するなかで都心で鮮魚店を営んでいた祖父母の寿司屋での粋ぶりを思い出し、この深くて広い食文化には太刀打ちできないと諦める。
チーズケーキ、オムライス、こんぶ飴。思いついた可能性を精査し、トライ&エラーを繰り返す古賀さんの真面目さが感動的だ。
チーズケーキを、こんぶ飴を好きな自分を自分は好きか
そうして辿り着いた境地。それは、好きな食べ物を決めることは〈自分がどうありたいか。それが問いの本質〉ということだ。
「好きなものが何かと人に言うことは、自分がどうありたいかと言うこと。自分が好きな自分はどれかということだと気づきました」
古賀さんは2人の子どもとの3人暮らし。本書含め著書には頻繁に子どもとの会話が登場する。
「下の子も中学生になって、育ち上がってはいないまでも『放っておいたら命に関わる』という時期は過ぎました。今回の本はやっと自分のことを考える余裕ができたということかもしれません」
食を預かる立場の母は家族にとにかく栄養を、タンパク質を野菜を。自らの好きなものは二の次三の次。本作の古賀さんの取り組みはその役割から卒業し、再び自分と出会う旅でもあったのだ。
「ちょっとくだらなくもあったテーマだけど、この結論なら、本を読んだ方がご自分のことも考えられるなと思います。私だけの話ではない、みんなのための話になったと思っています」
『クロワッサン』1140号より
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