作家・大平一枝さんの人生に影響を与えた一冊『向田邦子の手料理』
撮影・森山祐子 文・黒澤 彩 構成・中條裕子
レシピ中の一文にもその人らしさが透ける本
暮らしのエッセイやルポルタージュを書く大平一枝さんが、『向田邦子の手料理』に出合ったのは20代後半。編集プロダクションに勤めていたときのこと。
「職場の近くに、向田邦子さんの妹である和子さんの料理店『ままや』があって、先輩たちが行っていました。この本も、すでにバイブルのようにみんなが持っていたので、私も手にとったのだと思います。それから何度も人にさしあげては買い直して、気づけばずっと本棚にある一冊です」
作家の向田邦子さんは料理上手、もてなし上手としても知られていた。妹の和子さんが監修した本書には、気取らないけれどたまらなくおいしそうなレシピが、軽快な文で綴られている。
「作家のレシピなので、料理家のそれとはちょっと違っていて、『うまい!』とか『熱いところを食べる』とか、フランクに書いてあるんです。そんなひと言に、向田邦子さんという人そのものが透けて見えるところが、この本の魅力」
「エッセイの抜粋や、生前の向田さんについて書かれた文章も多く、読み応えがあります。おいしいもの好きだった向田さんは、いただきものの包装紙とかお店の情報を切り抜いて引き出しにとっておいたそうなんです。うまいものの『う』の引き出し。私も真似しておいしかったお店の情報を保存しています。引き出しではなくてスマホにですけどね」
料理はもちろん、もてなし方や器使いにも刺激を受けた。
「20代の頃には気づかなかったけれど、工芸の取材をすることが増えて、ここに載っている器とスタイリングにも目がいくようになりました。古伊万里や海外を旅したときに買ったであろうアンティークとか、向田さんはいいものをお持ちだったんですね。洋風の料理を和食器に盛りつけているのも新鮮で、大人ってこういう器の使い方をするんだと感心したものです」
大平さんが結婚、出産した頃、スローライフがブームに。きちんとした料理をしなければと思いつつ忙しい日々にも、この本が支えになった。
「本を開くと、向田さんが『すごくちゃんとしていなくても、こんな感じでいいんだよ』と言ってくれているような気がしました。今でいうところの時短でもあり、それでいて、毎日をちょっとよくしてくれる料理の楽しみ。ちっとも古い感じがなくて、これだけ長く増刷され続けてきたのも納得です」
『クロワッサン』1136号より
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