「尺八の多彩な音色と着物の魅力を幅広い世代に知ってほしいです」尺八奏者・辻本好美さんの着物の時間
撮影・青木和義 ヘア&メイク・稲越YUUKI(PUNCH) 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・乃木公園
母から受け継いだ訪問着と袋帯 品格があり、顔映りもいいんです
『尺八』から思い浮かべるのは、正月に流れる琴との合奏曲『春の海』や、時代劇に登場する虚無僧が辻々で吹いたり、刀の代わりにして戦う姿ではないだろうか?
「そうですよね。なかなか尺八の演奏を生で聞く機会はありませんよね」
と言って辻本好美さんが『春の海』の冒頭の一節を吹いてくれた。
体を優しく包み込むように響く低音、空の彼方に誘うような高音……。その音色は陽を浴びて輝く穏やかな海を彷彿とさせる。
「尺八は長い期間寝かせて乾燥させた真竹の竹筒に、基本的には表に4孔(こう)、裏に1孔の木管楽器です。個人の音色の違いが出やすいといわれ、性格が出る楽器とも。一番の魅力は多彩な音色。この音色を幅広い年代の人に知ってもらいたい。ですから、馴染みやすいポップスなどをカバーして演奏することもあります」
尺八を世界中の人に知ってほしいと、海外公演も積極的にこなす辻本さん。
「海外でのパフォーマンスは華やかにしています。ですから着物は振袖が多いです。会場を動き回って演奏することもありますから、動きが出る振袖が映えるんです」
プロの尺八奏者はほとんどが男性。その中で2016年に史上初の女性ソロ奏者としてメジャーデビューをした。
「本格的に尺八を始めたのは16歳。父の影響が大きかった。父は尺八が趣味で、子どもの頃は父にかまってほしくて尺八を吹いたりしていましたから(笑)」
その後、東京藝術大学音楽学部邦楽科に進む。
「大学の尺八専攻の実技試験は私の時代、男袴で演奏するのが決まり。なので父の袴を譲り受けて臨み、無事単位を修得しました。一般的に尺八の演奏は、男性は黒紋付に袴が正装なのですが、女性には決まりがないんです。私は、訪問着を着ることが多いですね」
今回、辻本さんが着たのもその中の一枚で、グレー地に菊や牡丹、梅や桜、藤など、四季折々の草花を描いた季節を問わない訪問着。合わせた帯は茜色に染まる樹々の情景を感じさせる袋帯。格調の高い装いだ。
「どちらも母から受け継いだものなんです。母には『箪笥にある着物と帯は全部着ていいから』と言われていて、着物は必需品なので助かっています。この着物も、上品な華やかさがあるのでかしこまった演奏会や、あらたまった食事会などで着ています」
そんな辻本さんが忘れられない着物のエピソードを教えてくれた。
「成人式のときのこと。着付けをどうしようかと母に相談していると、父が『着付けはまかせろ!』と。成人式に合わせて密かに習いに行ってくれたらしく、当日は見事に着付けてくれました。母が着物を着る際には時折、父が帯を締めていたので、着付けはお手のものだったのかも」
着物への造詣が深く、アドバイスも的確な両親とあれこれ言いながら組み合わせを考えるのが家族時間のひとつのような気がすると。
「着物は日本の大切な財産。美しく着こなしたいと思います。私が着付けで気をつけているのは衿元とおはしょりの処理です。すっきりと見えるようにしています。これからも日本の着物と尺八の魅力を次の世代に伝えられるように演奏をしていきたいです」
『クロワッサン』1134号より
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