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海外文学にハマると、思わぬ自分に出会えるーー金原瑞人 × 頭木弘樹 対談

悩んだ時に支えてくれたり、ただただ面白くて仕方なかったり。文学の楽しさと力強さについて、翻訳家の金原瑞人さんと、作家で翻訳家の 頭木弘樹さんが語り合います。

撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸

(左)金原瑞人さん 翻訳家、法政大学社会学部教授「面白い本と出合わなくなったらきっと寂しくなる気がします。」 (右) 頭木弘樹さん 文学紹介者「僕にとって文学とは命綱。絶望した時に支えてくれました。」
(左)金原瑞人さん 翻訳家、法政大学社会学部教授「面白い本と出合わなくなったらきっと寂しくなる気がします。」 (右) 頭木弘樹さん 文学紹介者「僕にとって文学とは命綱。絶望した時に支えてくれました。」

「文学コンシェルジュ」対談の2回目、海外小説編に登場するのは、カフカの作品などを紹介している頭木弘樹さん(持病を抱えるため、オンラインで参加)と、これまで何百冊もの海外作品を翻訳してきた金原瑞人さん。それぞれの読書遍歴、そして心に残る作品とは?

金原瑞人さん(以下、金原) まずはお互いの読書遍歴から話しましょうか。僕は小学生の時は漫画とアニメばかり。でも飽き性なので、中学生になると漫画に飽きて海外ミステリーを読むようになったんです。僕が若い頃は文学も音楽も映画も“西高東低”の時代。日本より海外ものが人気で、僕もそういう文化の中にどっぷり浸かっていた。だからある意味自然な流れだったんですよね。頭木さんはどうですか?

頭木弘樹さん(以下、頭木) 僕は20歳で難病になるまで本はほとんど読んでいなかったんです。読むのは学校で読書感想文の課題が出た時くらい。それで中学生の時に初めてカフカと出会いました。本屋さんに行って文庫コーナーの中で一番薄い本を探したら『変身』だったんです。

金原 僕も中学生の時に森鷗外の『高瀬舟』の読書感想文を書いて、先生に褒められたことがあるんですが、なぜその作品を選んだかというと、文庫本が並んでいた中で一番薄かったから。

頭木 同じですね(笑)。「薄い」は、やっぱり本への入り口として大事かと。

金原 でも僕は『高瀬舟』は読んだけど、その後はやっぱり翻訳ものが多かったな。日本に海外の面白いミステリーやSFが次々に入ってきた頃で、浴びるように読んでました。ハインラインとかアシモフとか。その後も読み返したり印象に残ったりしているのはブラッドベリの幻想的な作品とか、バラードの『結晶世界』などです。頭木さんは、中学生で『変身』を読んだ時はどう思ったんですか?

頭木 それが不思議なことに、本なんて読みたくなかったのに、ふと手に取ったら惹きつけられてしまって。着替えもせずに立ったまま読んでしまい、気づいたら夕方になっていた記憶が。でもそこからカフカを読み出したかというと全然そんなことはなく、また本を読まない生活に戻るわけですけど。

金原 それが20歳まで続いたんですね。

頭木 20歳で突然難病になって入院しました。当時は「ずっと働くこともできず、一生親に面倒を見てもらうしかない」と言われていて。その時に『変身』を思い出したんですよ。ある日突然虫になって部屋から出られなくなり、親に面倒を見てもらう主人公と自分は一緒だなと。それで改めて読んでみたら、難病患者のドキュメンタリーとしか思えなくて。それくらい、主人公の心の動きや周囲の対応などがリアルに感じられたんです。現実の典型パターンのようなものを捉えていれば、それが家族とか病気とか戦争とか、いろいろなものに当てはめられる。文学ってすごいなとその時に思いました。

屋台のカレー屋をするつもりが、ひょんなことから翻訳の道へ

頭木 金原さんは、10代ではほかにどんなものを読んでいたんですか?

金原 高校生の時はフランス文学、ドイツ文学、ロシア文学の全集ものとかも読んでいましたね。

頭木 大学も最初から文学部を志望していたんでしょうか。

金原 いや、僕は実はもともと理系で医学部を目指してたんだけど、2浪して文転したんです。フランス文学科もドイツ文学科も受験したけど落ちて、英文科しか入れなかったんですよ。

頭木 大学時代に英文学の翻訳家を目指すようになったんでしょうか。

金原 いえ、全く。大学4年生の時に就職活動をしたんだけど、全部落ちてしまったので、屋台のカレー屋をやろうと思ってました。そんな時に卒論を指導してくれた先生に「大学院に来ないか?」って誘われたんです。「週に1〜2日授業に出て、あとは好きな本を読んでいれば奨学金がもらえるところだから」って言われてね。それで大学院に入り、その先生が主宰していた翻訳の勉強会に参加して初めて「翻訳って面白いかも」と思ったんです。頭木さんは、どうやって今の道に?

頭木 僕は難病で寝たきりの生活になった時、ベッドの上でも稼げる仕事といったら原稿を書くことしかないと思い、いろいろ書き始めたんです。当時は文学とは関係ない、受験参考書用の例題作りなんかもやって。数年経った頃、年収60万円に達したんですよ。その時は感激しました。たったそれくらいの金額で、と思われるかもしれませんが、ベッドの上だけで60万円稼いだと思うと、涙が出てきましたね。

金原 そこから少しずつ文学紹介の仕事への道が開かれていったんですか。

頭木 はい。仕事で知り合った編集者の人に「カフカが好き」といった話をするようになり、そのうちカフカの編訳書を出させてもらって、そこからいろいろと繋がっていきました。

金原 頭木さんは『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』などの著書を出されていますが、この「絶望」という切り口で本を紹介しているのがすごいなと思います。僕自身、インパクトが弱い作品や共感できない作品を読んだ時に「シリアスな話を書くなら、もう少しちゃんと絶望してから書けよ」って思うことがあって。僕の中でも「絶望」はキーワードのひとつなんです。

頭木 自分自身が絶望した時に文学に救われたんですよね。『絶望名人カフカの人生論』なんて、自分が読むために作ったような本です。

金原 僕が発行していた冊子(下の画像)にも掲載させてもらいました。カフカの作品には、所々にぐっとくる箇所が必ずありますよね。

「もっと海外文学を!」との思いで金原さんが年に何回か発行していた小冊子「ブックマーク」。現在は終了し、書籍化されている。
「もっと海外文学を!」との思いで金原さんが年に何回か発行していた小冊子「ブックマーク」。現在は終了し、書籍化されている。

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