長塚京三さん「 “ただ生き延びるために生きること”は自然な生き方」
撮影・兼下昌典 文・若山あや
“ただ生き延びるために生きること”は自然な生き方。
「『あなたにやってほしい』と言われたら、やらなきゃね(笑)。監督からの何よりのプロポーズですから」
その役を引き受けるかどうか決める基準は? という問いに、顔を綻ばせつつそう語った長塚京三さん。
「僕もけっこう長く生きてきたし、役者歴は50年になる。それでも、まだまだだなと。もっと空気を吸うように、無理せず芝居ができないもんかなぁと思うんだよ。もう少し頑張れば少しは良くなるのかとも考えちゃったりするけど、欲が深くていけないね(笑)」
主演映画『敵』では自身と同世代の元大学教授、渡辺儀助を演じる。物語は儀助の完璧で平和な隠居生活から始まるが、ある日PCに“敵がやってくる”という不穏なメッセージが届く。
「儀助は進取の気性に富み、気持ちは常に若々しくて料理上手なインテリ。豊かに生きている趣味人に見えて、実際は年齢とともに体力や精神がどっと衰えていく中で“生きたい”という欲が出てくるんです。それはおそらく誰もが嵌まっていく道で、千差万別の向き合い方がありますが、儀助の場合は“敵”が現れる。その敵とは、若い時のある種の傲慢な生き方に対して、罰が下っているのか何かはわからないんだけど。気がついたら友好的な存在であったものがすっと自分に背を向け、意趣返しを始めるんだよね。(原作者の)筒井康隆先生の、敵というものの捉え方がとても面白いと思いました」
全編モノクロ映像の今作。色がないことで時代感覚が狂わされ、「むしろ普遍性が生きる」と考える。
「ツールは便利に変われど、人間の生活や願望はそうは変化しないのではないかな。“老い”に対する向き合い方だって100年前も今も変わらないはずです。色をつけると、時代感が生々しく浮き上がってしまうでしょ。だから思い切って色を落とすことで普遍性を追求したのは、ある種、最先端ともとれるのかもしれない」
今作しかり、さまざまな役を演じることは自身の死生観を深めるという。
「死んだほうがマシだという状況でも、人間は生きたいらしいです。最期まで生きたいと思うのが人間だとすれば“ただ生き延びるために生きること”は自然で正しい生き方なのかもしれないと、ふと思うんです。でも案外難しいことでもあるんだよね。僕だって役者という競争社会を生き延びてきたわけだし、自然かというとどうなんだろうって。僕にとっての“敵”とは、芝居に対する欲なのかもしれないね」
『クロワッサン』1133号より
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