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読んでよかった本、2024年の収穫はこれ!

【買ってよかった2024 クロワッサンの太鼓判! エンタメ部門】年末年始は本にどっぷり浸かりたいという人へ。目利きたちが選りすぐった作品を紹介します。

撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸

左・「日本の文学を巡る状況はすごく豊かだと思います。」フリーライター、書評家・豊﨑由美さん 右・「最近の小説は同時代性が高まっていますよね。」作家、翻訳家、音楽レーベル主宰・西崎 憲さん
左・「日本の文学を巡る状況はすごく豊かだと思います。」フリーライター、書評家・豊﨑由美さん 右・「最近の小説は同時代性が高まっていますよね。」作家、翻訳家、音楽レーベル主宰・西崎 憲さん

この一年、とりわけ心に残った本は? 読み巧者の2人がそれぞれ5冊を選び、その魅力を語ります。

豊﨑由美さん(以下、豊﨑) まずは日本の新人作家から。今年私が注目したのは豊永浩平さんの『月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)』です。いい小説家とは書き手であると同時に聞き手だと私は思ってるんですが、豊永さんはその資質がこのデビュー作からすでに感じられます。沖縄戦体験組、現代を生きる子どもたちとその親、1960〜70年代に若きを過ごした世代という、主に3つのグループに分かれる語り手たちが順々に言葉のたすきをつなぎながら、沖縄の戦後史を浮かび上がらせていく物語。沖縄の言葉も上手に使われていて、耳も大変いい作家だなと。

西崎憲さん(以下、西崎) 僕は坂崎かおるさんの『嘘つき姫』。数年前に彗星のように登場した作家の作品集です。この人の面白いところは、なるべく自己から離れてフィクションを作り上げているところ。最近の当事者文学とは逆行していますね。フィクションの文章を綴る腕力みたいなものがすごくて、大作家になる予感がします。新人でいうと金子玲介さんの『死んだ山田と教室』もよかった。会話でぐんぐん引っ張っていくので読みやすいし、エンタメと純文学の中間にあるような作品です。

「新人の坂崎かおるさんはいずれ大作家になるのでは。」
「新人の坂崎かおるさんはいずれ大作家になるのでは。」

豊﨑 日本の小説では、ほかに角田光代さん『方舟を燃やす』もおすすめ。戦後を生きる市井の人の人生を通して日本の近現代史を描きつつ、「信じる」というテーマを浮かび上がらせている。大変上手な小説です。

翻訳も含めて味わいたい傑作海外作品の数々。

西崎 次からは全部海外作品ですね。デルモア・シュワルツの『夢のなかで責任がはじまる』はユダヤ系アメリカ人作家の短編集。シュワルツはあのナボコフが絶賛したという20世紀アメリカ文学の伝説的作家です。この人の作品は、一貫して詩的で非常に美しい。書き方も非常に計算されていて、すごくうまい作家だなと思います。翻訳も素晴らしい。僕のおすすめは表題作、それから「陸上競技会」です。

豊﨑 マーティン・エイミスの『関心領域』も傑作です。映画を観たという人は多いんですが、原作は映画とは全く別物。迷いなくユダヤ人を殺すナチス側が送っている日常の軽さと、同胞の遺骸から髪の毛や金歯を回収する使役を強制されているユダヤ人が手記として綴っていく罪の意識の重さ。その落差が生む恐怖は小説でしか味わえません。ウクライナやパレスチナなどの問題がある今の時代、人間という生き物の業について考えるために、広く読まれるべき作品だと思いますね。

西崎 オーストリアの女性作家、マルレーン・ハウスホーファーの『人殺しは夕方やってきた』もよかった。1970年の没後、長編小説『壁』が世界的に有名になった女性作家の短編集です。3部構成で、どれもいいんだけれど、メインは最初の「少女時代の思い出」。さまざまな面白い出来事が非常にリリカルに描かれているんです。

豊﨑 私からはミステリーを1冊。『その女アレックス』などのベストセラーで知られるピエール・ルメートルが「最後のミステリー」と宣言している『邪悪なる大蛇』です。主人公は63歳の女殺し屋で、しかも認知症! 認知は歪んでいるものの運動神経は凄まじかったり、何かを企む時はものすごく明晰だったりして、そのギャップがおかしいんですよ。読み出すと止まらない小説なので、冬休みにぜひ。

西崎 エミネ・セヴギ・エヅダマの『母の舌』はトルコ出身の作家がドイツ語で書いた移民文学。母語ではないため、不完全なドイツ語で書かれていて、日本語訳もそれを反映して助詞がなかったりするのがすごい。翻訳の面でも大変意義のある作品だと思います。想像ですが、作者は小説用にあえて不完全なドイツ語で書いているんですよね。それがとても詩的であり刺激的です。

豊﨑 最後に紹介したいのは、今年のノーベル文学賞作家、ハン・ガンの『別れを告げない』。今年読んだ小説の中で断トツ1位です。1948年に国家権力によって罪のない人人が大勢殺された「済州島四・三事件」を扱っています。小説家である主人公キョンハとドキュメンタリー映画作家だった友人のインソン、この2人の現在進行形の物語の中に、インソンの両親が体験した苛烈な四・三事件と、その後の生き方を挿入していく語り口が素晴らしいんです。ハン・ガンは詩人でもあるので、文章が大変美しい。翻訳者の斎藤真理子さんの力も大きいですが。

「ハン・ガンの最新長編が今年読んだ中で断トツ1位。」
「ハン・ガンの最新長編が今年読んだ中で断トツ1位。」

西崎 最近の文学って、同時代性が強まっている気がします。日本と世界が同じ軸で進んでいて、たとえば海外の移民文学なんかを読んでもすっと頭に入ってくる。

豊﨑 数十年前に比べて優れた翻訳家の数も増えていますしね。日本の作品も毎年いいものが出てくるし、出版不況といわれているけれど、日本の文学を巡る状況は豊かだと思いますよ。たくさんの本を読める幸せをあらためて噛みしめたいですね。

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