考察『光る君へ』34話『源氏物語』が宮中を席巻!光る君のモデル探しに公卿たちも夢中、一方まひろ(吉高由里子)のおかげで出世した惟規(高杉真宙)は危うい恋の垣根を越えようとしている?
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
面構えも心構えも違う女
大和国(奈良)から都に列を成してやってきた興福寺のコワモテ僧侶集団。
大河ドラマ『平清盛』(2012年)で見た強訴だ! と思わず盛り上がってしまう。
強訴とは主に平安時代から室町時代にかけて、寺社勢力が朝廷・幕府を相手に武器を取って押し寄せ、自分たちの訴えを通そうとする行動のことだ。この世の全てを掌握したかのように権力を振るった白河法皇でさえ、その意のままにならぬものの例えとして「賀茂川の水、双六の賽の目、山法師」を挙げたが、「山法師」は比叡山の強訴に悩まされたことを指す。
33話(記事はこちら)で道長(柄本佑)が一条帝(塩野瑛久)を「今は寺や神社すらも武具をたくわえる世……」と諫めていた。貴族たちが統治する平安時代でも武力がものをいう社会はじわじわと始まっているのだ。
「この屋敷を焼き払い奉る」という、定澄(赤星昇一郎)の最上級敬語による脅し文句。
それに道長は少しも慌てず「やってみよ」と……生来の豪胆さに加え、政治家として育ててきた肝の太さがそう言わせているようだ。ただこの屋敷、倫子(黒木華)の財産なんですけどね。
道長「私を脅しても無駄である」
左大臣だけを脅迫しても即効性がないと判断した定澄は、強訴の一団を朝堂院に乱入させた。さすがに明らかな武器は携えていないものの、松明を手に集団で押し入ってこられれば十分に脅威である。
騒然とする内裏と後宮──中宮大夫である斉信(金田哲)から命懸けで中宮様を守れと命じられて狼狽える、あるいはピンと来ず立ちすくむ女房たちの中で、まひろ(吉高由里子)は落ち着いている。華やかな内裏での活躍が始まったので忘れそうになるが、幼い頃に母・ちやは(国仲涼子)を目の前で斬殺され、友である直秀(毎熊克哉)と散楽一座の遺体をその手で葬り、慈しんだ教え子・たね(竹澤咲子)を疫病によって奪われ、悲田院で地獄を見た。恋に落ちかけた男・周明(松下洸平)に凶器を突きつけられたこともある。ひとつでもあれば十分であろう数々の修羅場を踏んだ経験が、高貴なお嬢様揃いの女房ズとは一線を画す胆力となっている。面構えも心構えも違う女なのだ。
この騒動の中で、おや? と思ったのが道長の右大臣・顕光(宮川一朗太)への言葉遣いだ。
30話(記事はこちら)・寛弘元年(1004年)の陣定場面では、道長は顕光へは敬語を使っていたのだ。それが寛弘3年(1006年)の今、切迫した状況とはいえ完全に命令口調になっている。ふたりの官位は左大臣と右大臣で(※左大臣のほうが上)寛弘元年から変わりはない。変わったのは心理的なポジションか。
これまでドラマの中で道長への丸投げぶりが描かれてきた顕光。20歳以上年嵩の従兄である彼に対して、道長はもう遠慮していない。道長が政治家としてのギアをまた一段階上げたように見える。
左大臣と藤式部は女房たちの間で噂に
藤壺でますます仲良く過ごす中宮・彰子(見上愛)と敦康親王(渡邉櫂)……親王は健やかに成長し、美しい少年になっている。長保元年(999年)生まれだから7歳か。彰子を母のように姉のように、たった一人の友のように慕っているのがよくわかる。
親王に会いに帝は藤壺に渡り、そしてまひろの書く物語は帝と彰子の共通の話題になってはいるが、いまだにふたりの間に体の触れ合いはない。
彰子の父・道長の焦りは募る……権力者として娘に帝の子を産ませねばならない、という動機だけであれば、まひろは反発しただろう。しかし、道長には「このままでは不憫すぎる」という父として娘を思う気持ちがあるからこそ、力を尽くそうとするのだ。
そして予想はしていたが、左大臣と藤式部は女房たちの間で噂になっていた。
「足を揉む仲(※男女の仲)とは思えませんけど」「ひたひたしてる」
「ひそひそではないの?」「ひたひたよぉ!フフフ」
ひたひた……? なに? と思ったが、どうやら密着しているさまを指しているらしい。相変わらず、優雅なのに表現がゲスいっすね。
大丈夫か惟規よ
帝と中宮の関係に進展のないまま、寛弘4年(1007年)。倫子が四女・嬉子(よしこ)を産んだ。ナレーションで「6度目の出産は重く、倫子はしばらく寝込んだ」とあったが、この時点で倫子は43歳。そりゃ寝込みもするでしょう……お疲れ様です。
同じ日に、斉信の屋敷が焼けた。茫然自失の顔が上手すぎて、笑ってはいけない不幸なのに笑ってしまう。しかし、貨幣がまだ定着しておらず当然銀行も保険もなく、財産=物そのものである時代の火事なのだから、こんな顔にもなるだろう。
下手すぎる慰めをする道綱(上地雄輔)と、そういうの逆効果なんで……とやわらかく指摘する公任(町田啓太)。今回はここに出てきていないが実資(秋山竜次)も合わせて、公卿衆のやり取りが楽しい。いまだかつて、貴族たちがこんなにも親しみを持って見られたことがあっただろうか。酷い目に遭ったシーンなのに、そんなことを考える。
蔵人(くろうど/天皇の秘書的な役割をする部署)の空きに伊周(三浦翔平)の嫡男を希望する帝と、さりげなくまひろの弟・惟規(のぶのり/高杉真宙)を推す道長。ガッツリ縁故採用じゃないですか……何度も繰り返されて、こちらも慣れてきた感がある。ただ、為時(岸谷五朗)を推挙した当時は元カノへの経済的支援だったが、今はまひろの藤式部としての仕事を評価、更なる業績を期待をしてのご褒美的抜擢という変化はある。
そして待ってました! 伊周の嫡男、藤原道雅(福崎那由他)、のちの荒三位が登場!
彼が小倉百人一首「今はただ思ひ絶えなむとばかりを……」の作者であることは、ドラマレビュー29回(記事はこちら)で触れた。29話で父から厳しく舞楽の稽古を仕込まれていた松君が大きくなった。そして予想通り、父親への反抗心を滾らせている。毎日あの調子で「お家再興」「左大臣家への復讐」の圧力をかけられていたら、そりゃあこうなりますわという気はする。
道雅と同じく六位の蔵人に取り立てられた惟規が、姉・まひろの局に訪ねてきた。父上のおさがりの袍がよく似合うよ!おめでとう!この姉弟の会話場面が大好きなので、内裏のシーンでも見られて嬉しい。
蔵人として昇殿を許されたら美しい女房たちが気になるらしく、
惟規「神の斎垣を越えるかも。俺」
おいおいおい……ご記憶だろうか。6話(記事はこちら)で若き道長がまひろに送った恋の歌を。そして、ドラマレビューではその本歌であろう『伊勢物語』と『万葉集』の歌を紹介した。『万葉集』の詠み人知らずの歌は
ちはやふる神の斎垣も越えぬべし今は我が名は惜しけくもなし
(神聖な垣根を越えてしまいそうだ。今は私の名前も名誉も惜しくはない)
というもの。「神の斎垣を越える」は恋の情熱を歌う、表現の一つだった。危うい垣根を越えようとしていないか、大丈夫か惟規よ。推挙してくれた左大臣様(道長)のお顔をつぶさないでねとまひろは言ったが、道長の面目はともかく、見ていて心配になる。
光る君が何をしたいのかわからない
まひろの局に中宮・彰子が訪ねてきた。左衛門の内侍(菅野莉央)に「そなたはよい。下が
れ」と命じる彰子に、内侍と一緒に軽くびっくりしてしまったが
「そなたの物語だが、面白さがわからぬ」
という台詞で納得した。これを他の女房に聞かれたら「中宮様は藤式部の物語がお気に召さないらしいわよ」という噂がパーッと広がってしまう。忌憚ない感想を述べるため、そして藤式部を気遣っての人払いだったのだ。
「雨夜の品定め」の男の本音トークがよくわからない、光る君が何をしたいのかわからない。
であるのに、帝はこの物語をお気に召している。それはなぜ……と不思議に思い、作者と話をしにきたのだ。この彰子の感想はよくわかる。私も中学生くらいの時は「雨夜の品定め」が理解できず、夕顔(光源氏の親友である頭中将の恋人)登場の前フリ程度に捉えていたような気がする。
読み返して、紫式部の洞察力に感嘆したのは大人になってからだ。
そこに駆け込んでくる敦康親王。睦まじい様子の、帝の御子と藤壺の中宮。
風に揺れる「原稿用紙」の意味ありげなこと………。
『源氏物語』は宮中で大人気連載小説に
皆が読んでいるのは第三帖「空蝉」だ。帝が皆に読ませようとおおせになった通りに書き写され装丁され、内裏でさまざまな人の手にわたっている。
「空蝉」──光源氏17歳。肩がこる正妻・葵上の家から方違え(凶の方角を避け他の方角にある家に行くこと)で移り泊まった家で、人妻である空蝉と無理やり関係を持つ。その後、あの夜はなかったことにしてくれと恋文をはねつける空蝉に、光源氏はますます熱中した。(ここまでは第二帖「帚木」)そしてまた巡ってきた方違えの夜。空蝉と継子である娘・軒端の萩が並んで眠っている部屋に光源氏は忍び込んだ。彼に気づいた空蝉はそっと寝室から逃げ出す。男は軒端の萩に体を寄せて初めて、これは目当ての人妻ではない! と驚いたけれども、娘が目を覚ましてしまったので「たびたび方違えに来ていたのは、実はあなたにお逢いしたかったからなのですよ」と言いくるめて、そのまま抱いてしまう。
皆が読んでいたのは、この空蝉に逃げられた後に光源氏が軒端の荻をごまかし口説く場面。
公任が「とんでもないな、この男」。ね、まったくねえ。
行成(渡辺大知)は、突然のことに驚く軒端の荻の描写に、少し胸を痛めているようだ。そして斉信! 小少将の君(福井夏)とそういう関係になっていたのか!
「男をまだ知らぬようにしては大人びていて、弱々しく思い乱れることもありません」
含み笑いをして小少将の君を見上げる。君の初めての閨の様子はこうだったよと言わんばかりだ。彼は若い頃は清少納言(ファーストサマーウイカ)と緊張感ある恋の駆け引きを楽しんでいたようだが、地位を得てよりどりみどりの立場で、歯ごたえのある女よりも与しやすい娘を狙うようになるのはオッサンの証である。このシーンは困難な相手との恋に燃える、若き光源氏との対比のようだ。
筑前の命婦(西村ちなみ)が読み上げる内容に、ドキドキしたり眉をひそめたり、女房の皆さんも夢中。『源氏物語』は宮中で、大人気連載小説となった。
物語が持つパワーで、読者を獲得してゆく様子が楽しい。
彰子にまひろが「私の願い、思い、来し方を膨らませて書いた物語」と語ったが、ドラマでは15話(記事はこちら)で道綱がさわ(野村麻純)をまひろと間違えてしまったエピソードがそれに当たるか。馬鹿正直に「あれ? すまぬ、間違えておった」と口にして撤退した道綱も「以前からあなた目当てで」とスラスラと騙してコトを遂げてしまう光源氏も、どっちもひどい。
そもそも不意打ちで抱こうとするな。手順を踏め、手順を。
朕にまっすぐ語りかけてくる
藤式部の局に、中宮様に続き一条帝がお出ましになった。
まひろは一条帝に、左大臣から帝のことを細大漏らさず聞き取りし、ストーリーを構成し「書いているうちに帝のお悲しみを肌で感じるようになりました」と伝えた。
『源氏物語』第一帖『桐壺』には、天皇ではなく、ただ一人の男性であったら決して味わうことはないであろう悲哀が描かれる。だからこそ33話で語ったように「あの書きぶりは朕を難じているかと思い腹が立った」となりつつも、理解されたという喜びも湧くのだ。
「朕に物怖じせずありのままを語る者は滅多におらぬ。されど、そなたの物語は朕にまっすぐ語りかけてくる」
物語を受け止める側にも度量が必要だ。そしてその度量に応える力量が、まひろにはある。
藤式部との語らいがお気に召したのか「またくる」と帝は去った。
まひろ「私ではなくて中宮様に会いにいらしてください」
ほんとにね!! そして、中宮・彰子は今日も孤独な夜を迎える……。
帝も殿御におわします
3月3日、上巳の祓の日。土御門殿での華やかな曲水の宴が再現されて嬉しい!
そこへ突然の雨、公卿の雨宿りの場所を中宮の御座所の隣にしたのは、まひろの機転か。
『源氏物語』作者であるまひろに、なぜ光る君を源氏にしたのだ? と訊ねる、源俊賢(本田大輔)。道長の前で、父・源高明を思い出した、素晴らしい人だったと明るい顔をして語る俊賢に、安和の変が完全に過去のものとなったのだな、俊賢自身が努力して、こう語れる今の地位と環境を築いたのだなと、見ていてなんだか救われる気持ちになった。
まひろの、どなたの顔を思い浮かべるのも読者次第でございます。を受けて「俺のことかと思った」という斉信、笑う一同。
御簾ごしに寛いだ男性たちの語らいを見る彰子……深窓の令嬢で殿方のそうした様子を目にするのは初めてだろうし、父親でも左大臣でもない、友達にしか見せない道長の表情を見て、まさに「びっくりした」だろう。
まひろ「殿御はみな、可愛いものでございます」
彰子「……帝も?」
まひろ「帝も殿御におわします。先ほどご覧になった公卿達と、そんなにお変わりはないように存じますが」
帝のお顔をしっかりご覧になってお話になったらという提案に、帝が可愛い存在──男性であるということなんて思ってもみなかった……という反応の彰子が可愛らしい。動揺して、思わず目の前にあるお菓子をパクッと口に入れて落ち着こうとするなんて。ああ、なんとか幸せになってほしい……。
若紫!
まひろは道長から贈り物である檜扇を取り出して、初めて出会ったあの川辺を思い出す。
「恋しいあの人の傍でずっとずっと一緒に生きていられたら一体どんな人生だっただろう」
音楽が止まり、まひろの視線の先に小鳥を探す少女の姿が。そして降ってくる物語──このドラマは、作品が生み出される「その時」の描写がとても美しく印象的だ。
急ぎ筆を取り走らせる、その一節は、
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちにこめたりつるものを」
若紫!『源氏物語』ヒロイン誕生の瞬間であった。
しかし「恋しいあの人の傍でずっと共に生きていられたら」という発想で生み出された女性の人生があのようになってしまうとは……このドラマでは、これから一体どんな展開が待ち受けているのだろう。
道長は無事に帰ってこられるのか
斉信と道綱の屋敷の火事、敦康親王の病。不吉なことが続いた上に中宮様の懐妊を祈願する目的もあって、道長は吉野の金峯山に御嶽詣を思い立つ。お供いたします! と言う嫡男・頼通(渡邊圭祐)、100日間の精進潔斎・あらゆる欲を絶つと聞いて「うーん……」迷うんかい、できますと即答せんのかい、とちょっと笑った。性格が掴みやすい。
そして、道長が都を離れると聞いて「またとない機会」となんらかの企てをしている伊周……目配せされて立ち上がったのは、平致頼(たいらのむねより/中村織央)! 33話で伊勢守就任を道長が強く反対していた平維衡(たいらのこれひら)と、幾度も武力衝突を繰り返した男である。ドラマの人物紹介では「軍事貴族」とされている。きな臭い……! 道長は無事に帰ってこられるのか。というところでつづく!
次週予告。
あかねさん(泉里香)再登場。惟規、神の斎垣を越えちゃったらしい。思ってたんと違う御嶽詣。えっ、こんなハードなの? 道長一行あやうし!? 隆家(竜星涼)「どうぞご無事で!」一体誰に別れを……。帝「いつの間にか大人になっていたのだな」お気づきになったか! 中宮・彰子、ついに告白ですか!? ていうかここまでの感情の爆発は初めてでは。
35話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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