「着物の着付けと日本人のビジネスの進め方には、共通点があると感じます。」『クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン』代表取締役社長・若月貴子さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・面下伸一 着付け・斉藤房江(きもの円居) 文・西端真矢 撮影協力・山形緞通 東京ショールーム
初めて誂えた夏着物。市松模様の帯揚げと、 江戸切子の帯留のレモンイエローを差し色にして。
2006年に日本上陸。幅広い世代に愛され続けるアメリカ発のドーナツショップ『クリスピー・クリーム・ドーナツ』。若月貴子さんはその日本法人代表を務める。
めまぐるしく変化する市場動向を見極め、アルバイトを含めれば2千名を超える従業員の暮らしを預かるリーダー。張りつめた毎日が想像されるが、その中でも楽しんでいるのが着物だ。始まりは10年以上前にさかのぼる。
「友人の結婚式に招かれて、着物もいいかなと軽い気持ちで選んだことがきっかけになりました。もっと着てみたい、自分で着られるようになりたいという思いが湧いてきて」
早速着付け教室に通い始めると、意外にもビジネスに通じる気づきがあったという。
「着付けって一つ一つのプロセスに意味があり、きちんとこなす必要がありますよね。たとえば襦袢を着て、次に着物を着付けていく時、まず衿をきれいに一定の幅に折っておく。このプロセスをはしょって適当な折りで着てしまうと、最終的に衿元が美しく決まらない。こんなところが日本人の仕事の進め方と似ていると思うんです。
外資、特にアメリカ系企業では、とにかく目標数値を達成することが至上の課題。プロセスや出来映えにはあまりこだわりません。一方、日系企業は、目標達成はもちろんですが、出来映えも重視します。そのために最適なプロセスを考えながら仕事を進めていく。そんな日本人の心性が着物に表れていると感じるんです」
こうして着付けを学びながら、若月さんは折々着物を揃えていった。そこには一つの強い思いがあるという。
「知り合いに、数名、おじいさまが西陣で織元をされているなど、親族が着物の作り手だという方がいて。なかなか以前のようには売り上げが伸びず、廃業の瀬戸際にあるという実情を耳にします。やはり私たちがお金を出して買うことが、作り手の存続に直結するんですよね。父、母、息子……一家でひたむきに紬を織っています、なんていう家内制手工業の着物に特にぐっときます」
そんな若月さんが今日まとうのは、テッセン模様の絽の友禅染小紋だ。
「実は、昨今の猛暑の中、着物で過ごすのはさすがに厳しいかな、と夏物には手を出さないつもりだったんです。でも、涼しげな淡い水色地にテッセンがちりばめられたこの反物を見たら、どうしても着たくなって」
出合いの場は、東京・日本橋浜町の『きもの円居』。若月さんが着付けを学んだ教室であり、併設のショップで作り手を招いた展示会が開かれ、さまざまな出会いがある。
「金工工房『アトリエNOBU』の芝原伸子さんは自由な発想で帯留を作られていて、作品の中にはたこ焼きの帯留もありました。ドーナツもできるんじゃないかしら、とひらめいてお話しすると、その場でラフスケッチを描いてくださって。素敵なドーナツの帯留に仕上がりました(下写真)」
この帯留を軸にした楽しい計画も温めているという。
「これまで日本法人の従業員に向けた年頭のビデオメッセージには着物で臨んできたのですが、今後は世界各国のメンバーが集まるグローバル会議にも着物で出席してみたいな、と。この帯留を皮切りにして、きっとどこの国の方とも話が弾むと思います」
国内の市場が縮小する中、逆に海外から着物に注目が集まっているともいわれる。
「そうですよね。でも、海外の方が帯を買われて、壁掛けとして飾っているなんて聞くと、少し寂しい。やはり我々日本人が着ていかなくては。今回の着物を通じて、夏物、そして小紋をもっと揃えたくなりました。折々着物を楽しんでいきたいですね」
『クロワッサン』1121号より
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