メイプル超合金の安藤なつさんに聞く、「介護現場で見た、親と子とお金」。
今のうちに話しておくべきことはどんなことなのだろう?
撮影・黒川ひろみ 文・板倉みきこ
最初の一歩は、自分に余裕があるときに。
親の介護が現実味を帯びてきた年代になっても、「まだ元気だから」「何から手をつけていいか分からない」と、先延ばしにしてしまうのはよくある話。
でも、心身に余裕がある平時に一歩進めておけば、実際に介護が必要になったときに、精神面でも金銭面でも対応しやすい状態で迎えられる、と芸人の安藤なつさん。実はボランティアも含めると、約20年ほど介護職に携わっていた介護現場の経験者だ。
「これまで何も考えずにきて、急に介護が必要な場面に直面すると、誰だって焦りますよね。でも切羽詰まった状況で判断すると、精神的に滅入るし、良い判断もできなかったり……。寝坊すると忘れ物をしたり、失敗してしまうのと一緒だと思います」
親の介護と向き合う前に、心構えとして何より知っておいてほしいと安藤さんが思うのが、介護は子どもが背負うべきもの、という考えをやめること。
「『親を預けるのは気が引ける』『子どもがタダでやるべき』『親のこうした姿を見られたくない』と閉鎖的な考えに陥る人も多いですよね。でも、身内同士だからこそ難しい点もたくさんあります。家族が家族をみる場合と、他人が他人をみる場合とでは、精神的な負荷だけでも全然違います。元気だった親が弱っていく姿を見るのは誰でもショックだし、思うように動いてくれないと、つらく当たってしまうこともあるでしょう。イライラした状態でケアするよりプロに任せるほうが、親子双方にとってよほどいい場合もあります」
専門家に相談に行くときは手ぶらで大丈夫。
親が元気で、将来の介護に向けて何をどう準備しておけばいいのか全く想像がつかないなら、漠然とした状態でもまずは専門家に聞いてみるといい。
「親が住んでいる市区町村にある、地域包括支援センターにいるケアマネジャーさんに相談してみてください。そのとき『何かこちらで準備して、ある程度知識がないと』なんて思うと二の足を踏んでしまいます。でも『今こういう不安を抱えている、今後どうしたらいいですか』という、知識ゼロレベルの手ぶら状態で行って大丈夫です。そのためにプロがいるんですから」
市区町村が行う行政サービスなので、もちろん相談料は無料だ。
「私たちは介護保険料という社会保険料を払っている立場なので、心置きなく利用しましょう」
親と離れて暮らしている人でも利用しやすい、電話相談を受け付けているところもある。相談してみて、今後何を準備すべきか初めて分かることは多い。
「そのほかにもメリットがあります。初めて行く場所は誰でも緊張しますが、一度行っておくと、具体的な相談が必要となったときに安心して出かけられるでしょう。また、今後何から始めればいいかをなんとなくシミュレーションしておけるので、介護が始まったときの心身への負担が違います。メリットは多いので、この記事をきっかけに一歩踏み出せたらいいですね」
親のことは親のお金で。できたら管理を早めに。
次に進めておきたいのが、親の現状を知るためのリサーチだ。
「今、どのくらいの財産を持っているかを聞ければ一番いいです。介護では、どんなサービスを受けるか、サービスにいくらかかるかを知る前に、いくらまでかけられるか、という部分を知っておく必要があります。はっきりした終わりが見えないものなので、まずは親の収入や資産で賄える範囲内で、介護の内容を考えることが大切」
でも、いきなりお金のことを聞かれたら、不信感を抱く親もいる。
「老化した事実を親に突きつけること自体、難しいことですよね。私と同じく介護福祉士の資格を持つ、知人の話なんですが……。高齢のお父さんが入院して、身体レベルが明らかに下がっているのに『退院しても運転免許は絶対返納しない』と言い張って困る、という話を聞きました。介護福祉士でも、実の親となると対応が難しい。普段からオープンにいろいろ話せる間柄という限定でなら、率直にお金の話を切り出す案もありかもしれませんが」
親のこの先について、できたら普段から雑談しよう。
ストレートに聞けなければ、人生プランに絡めて質問をしてみる。
「まずは、あくまで雑談の延長という体裁でリサーチしてみては。おすすめは、親が風邪を引いたり、怪我をしたり、ちょっと体調を崩し、その後復活したタイミング。たとえば『もし倒れたらどうする?』『もし認知症になったらどうしてほしい?』などと話をして、介護を自分ごとに捉えてもらいつつ、将来の介護のイメージを親子で共有します。そして、『気になることがあったら、相談できるところもあるよ』という話もしておくといいですね」
ある程度事前に介護の話をしておけば、実際に徐々に身体レベルが落ちてきたときに、しかるべき相談場所や病院にも連れて行きやすくなる。
「十人十色なので、こうなったらこうする、という答えはないんです。ただ、親の忘れ物が多くなったときに『最近忘れっぽくなっているし、一度プロに話を聞いてみようか』と言えたらいいですよね。でも、今までできていたことができなくなるのは、本人が一番ショックのはず。前触れもなく、子側が切羽詰まった状態でいきなり『病院に行こう』などと言い出したら、親側もプライドが傷ついて、意固地になる可能性も高いです。普段からできるだけこの先について楽しく雑談したり、親の変化をチェックできるといいですね」
また、お金の話はしづらいと避けていても、親が認知症になれば聞けなくなり、子どもは親のお金を動かせなくなってしまう。元気なうちに会話を重ね「いざというときのために、資産はどこに何があるか、分かるように書いておいてほしい」というお願いができるようにしておきたい。そもそも、親とお金の話をクリアにしておいて、と安藤さんが提案するにはワケがある。
「『家族が面倒をみなければ』と思い込んでいる人が多いのと同じくらい、『親の介護に必要なお金は子どもから出してあげないと』と思う人も多いんです。でも本来、親の介護は親のお金でするということが基本です。それは些細な出費でも同じです。たとえば、遠方から週1で親の介護に通う人がいるとしたら、電車賃くらい自分で出すと思うかもしれません。でも介護はいつまで続くか分からない。月数万円が何年も続いたら、けっこうな額です。小さな額でも“チリツモ”で自分への負担が増えていくと考えてほしい。親のことは親のお金から出してもらうのは、何もおかしいことではありません」
自身の「時間」や 「これから」を大切にして。
介護は、子ども側の気持ちや時間、お金に余裕がないとスムーズにいかないものだと安藤さん。
「私自身、夜間巡回に携わったことがあるんですが、夜間巡回は介護家族の睡眠時間の確保のために必須です。子ども側は頑張ってしまいがちですが、介護疲れで倒れてしまったら元も子もありません。また親に全力を注いでも、亡くなった後、介護の間に注ぎ込んだ時間やお金は取り戻せません。その後に続く自分の人生、そのために必要なものを大事にしてほしいです」
心も体も、一定の距離感を持って介護に向き合っていくのが理想のカタチ。
「そのために様々な専門職の人がいます。介護サービスは年々充実しているので何でも相談して、お金にまつわる悩みも一人で抱え込まずに、プロに聞いたほうがいいと思います」
介護はフルオーダーメイドともいわれる。プランの設定はプロに任せるとして、子どもにできることは何だろう。
「たくさんサービスがあっても、どんなことに安心するかは個々で違います。本人が何を欲しているのか、何を生きがいとしてきた人物なのかなど、親の人となりをプランを作る専門家にできるだけ伝えるのが、家族の役目だと思います。また、外部との調整や交渉、手続きなどは、現役世代の子どものほうが向いています。そして、適切なサービスや制度を探すには情報収集が不可欠ですから、ネットに親和性が高くリサーチ力がある子ども側が、率先して行えばいいのではないでしょうか」
似た境遇のコミュニティを大切にし、情報共有を。
そのために役立つのが、似た境遇のコミュニティに参加すること。
「リアルでも、ネット上でもいいです。実際に役立つ有用な情報交換ができるし、悩みなどを語るガス抜きの場にもなり、精神衛生上もいいと思います」
息切れせずに介護を続けるためには、自分の時間やお金、心身の健康を軽視せず、親と自分の環境、双方を整える。
「何も知らないと、介護にはマイナスのイメージが先行しがちですが、日々の中で笑える場面やほっこりできることもたくさんあります。ただ、それに気づくには、介護する側の余裕が大切。息を切らせずにできる、自分なりの介護のカタチを見つけてほしいですね」
『クロワッサン』1111号より