『最愛の』著者、上田岳弘さんインタビュー。「最愛の、の先に何を思い浮かべますか?」
撮影・幸喜ひかり 文・鳥澤 光
「最愛の、の先に何を思い浮かべますか?」
「最愛の」という言葉が指すその先に、人はどんな存在を思い浮かべるだろうか?
「恋人かもしれないし、自分自身、あるいは友だちや家族かもしれない。問いをはらんだこの言葉をタイトルに据えて、その先を探求するような書き方をしてみたかった。それに、謎を追っていく読書の楽しみを読者と共有したかったんです」
デビュー10周年。言葉によって壮大な世界を構築し、悠久の時間を飛び回り、とびきりの虚構を生み出してきた上田岳弘さんが、最新作ではリアリズムに舵を切り、現実と地続きの世界を舞台に「愛」を描く。
小説の語り手である久島は通信機器メーカーに勤める38歳。渋谷のシェアオフィスで出会った男にすすめられ、「自分のためだけの文章」を書き、語りはじめる。物語の軸となるのは、中学時代のクラスメイトだった望未との文通と、中学、高校、大学時代の数年にわたり彼女と交わされた言葉の数々。
タイトルとなった3文字は、彼女から届く手紙の冒頭にいつも置かれていた言葉だった。
「この小説には、僕が19か20歳で書いた作品を過去パートとして取り込んでいます。小説の書き方もわからないまま書いた習作ですが、ここで恋愛を描いていたことが、恋愛小説という自分にとっての新しいジャンルへの挑戦を後押ししてくれたと思います」
『最愛の』では、さまざまな人間関係と愛と恋が描かれる。
「私のことは忘れて」と繰り返す、久島にとって忘れえぬ恋人である望未、学生時代のバイト仲間や、夫と子を持つ渚との関係。夜の街で出会ったラプンツェルという源氏名を持つ女性とは、LINEを通じて互いのことを語り合うようになっていく。ピアノを弾く先輩、司法試験を受ける向井、ラプンツェルのパトロンである老人など、久島に興味を持ち近づいてくる男性も少なくないが、それを自然と読ませる魅力を主人公は備えている。
愛も、塔も、2020年も緻密にリアルに活写する。
上田作品において繰り返し現れるモチーフに目を向ければ、塔はタワマンや高層ビルとして現れ、ニルヴァーナやレディオヘッドが空気を振動させ、おとぎ話や古典が内包されている。
愛の小説として名高い村上春樹の『ノルウェイの森』もまた、名指されはしないまま作中で存在感を増していく。そして2020年は、現代パートの舞台として、緊急事態宣言やリモートワークの広がりを見る歴史の一地点として活写される。
「2020年という年には、コロナ禍、オリンピックの延期をはじめいろいろなことが起こりました。21世紀を振り返ったときに、転換点のひとつとして受け止められるであろうこの年の情景を、緻密に書き残すことは、作家として必然性を感じる部分でもありました」
そうして書きつけられた現代において、言葉により結ばれ、育まれ、堰き止められもする愛の姿とその行き着く先までも見届ける、新しい恋愛小説が誕生した。
『クロワッサン』1109号より