「1枚にみる小さな生活史 レシート探訪」著者、藤沢あかりインタビュー。「肩書きから離れたその人らしさを残したい」
撮影・黒川ひろみ 文・合川翔子(編集部)
「1枚にみる小さな生活史 レシート探訪」
買うという行為と引き換えにもらう“レシート”。スーパーで買った野菜や、カフェで飲んだコーヒーと、そこにはごくありきたりな文字が並ぶ。しかし、見返すと、当時の感情や情景が浮かび上がってきたり、人柄や生き様が映し出されることがある。そんな26人のレシートを訪ねたのが『レシート探訪』だ。著者の藤沢あかりさんは、ライターを生業にしている。
「日々取材をしていると、よく話が脱線するんです。企画意図に沿わないので書けないことが多いのですが、余聞にこそ、その人らしさが表れているなと。レシートを通してなら、そういった肩書きから離れた生活者としてのB面の部分を書けるのではと思いました」
レシートを見せてもらい、取材相手と同じように、毎朝新聞を買ったり、同じスーパーで買い物をしたり。取材でいい話だと思った、その「いい」の理由を同じ体験を辿って掘り下げていったという。
「料理家の中川たまさんに見せてもらったのは、家族とファミレスに行き、近所で食材を買ったレシート。ふと思い出してじんわり懐かしいと思うのはこういう日常の景色なんですよね。大切なものほど、よそゆきの姿なんてしていなくて、当たり前のようにそばにある。手の届く範囲の日常を大事にしたいと改めて気づかされました」
ペットボトルのスポーツドリンクのレシートが、60歳手前で空手を習い始めたという一歩を踏み出した証しだったり、鎌倉で遊んだ日のレシートが、これまで仕事づけだった過酷な日々から、自分を慈しむために時間やお金を使うようになった変化の表れだったり。紙切れひとつに、それぞれ違う背景があり、日々を進んでいる確かな軌跡であることを教えてくれる。
レシートと引き換えに、実際に経験し、咀嚼する。
「なんとかなるむちゃならしてもいい、買わずに後悔するほうがこわい」とは校正者の牟田都子さんの言葉。気持ちよく買い物をするそのレシートの重なりが、経験を咀嚼して、自分の中に取り込もうとする意志のようにも見える。
「私は買うかどうかを悩んで結局買わずに後悔するタイプでしたが、そんな姿勢に感化され、思い切って買い物をするようになりました」
映画や本、オンラインのトークイベントなど、積極的にお金を経験に変えるようになったという。そんな藤沢さんが今大事にしている一枚のレシートがある。
「“キャラクターのキーホルダー×4”という内容なのですが、家族4人でテーマパークに行ったときに、娘が記念にお揃いのものを買おうと。思春期なのにかわいいこと言うなと、キュンとしてしまって。こんなことは後にも先にも二度と来ないなと買ったものです」
今しかない時間がその一行に詰まっている。これから先、藤沢さんの心を癒やしたり、温めたりするのはこの一枚なのかもしれない。そう思うと、自分の財布の中でしわくちゃになっているレシートもなんだか愛おしくなってくる。
『クロワッサン』1100号より
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