毎回新しい発見がある、メンタルにもいい。ビーチコーミングと海のゴミ拾い。
浜辺を歩く楽しさの再発見です。
撮影・小川朋央 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
ここは、東京湾に面したとある海岸。数年前から海のゴミ拾いを続けているという作家の片瀬チヲルさんが、ビーチコーミング歴15年、海辺で拾い集めたものを使ってアクセサリーを作っている古宮悟さん・富久恵さん夫妻と一緒に浜を歩いた。3人が語り合う、浜辺や漂着物の魅力とは?
古宮富久恵さん(以下、富久恵) 片瀬さんの小説『カプチーノ・コースト』を読ませていただきました。主人公の女性が海辺でゴミ拾いを始めて、さまざまな人に出会っていく物語ですよね。浜辺の描写なんかがすごく詳しくて、これは絶対に実際ゴミ拾いをしている人が書いているなって思ったんです。
片瀬チヲルさん(以下、片瀬) ありがとうございます。私はビーチコーミングに関しては初心者なので、今日はおふたりと一緒に浜辺を歩くのを楽しみにしていました。
古宮悟さん(以下、悟) ゴミ拾いはどういうきっかけで始めたんですか?
片瀬 2年ほど前、コロナ禍で外出がほとんどできなかった頃、海でゴミ拾いをするボランティアの告知を見かけて。これなら密にならずに社会とつながれるかも、と思って参加したんです。やってみたら楽しかったので、その後も一人で続けています。おふたりはどうしてビーチコーミングをするようになったんですか?
悟 もともと僕は釣りが好きで、2人で海によく行っていたんですが、そこで貝を拾ったのが始まりです。
富久恵 初めて拾ったのがサルボウ貝。手作りをするのが好きだったんですが、これをたくさん拾ったことで、アクセサリーを作るようになったんです。
悟 僕もそのうち釣りよりも漂着物を拾うほうが面白くなってきて。海には釣竿じゃなくてバケツを持っていくようになりました(笑)。それ以来、東京湾のいろいろな浜に行っています。アクセサリー用の材料も含めて漂着物はかなりたくさんたまっていて、家に漂着物専用の部屋もあるくらいです。
片瀬 15年も続けているのがすごいですよね。私はいつもビニール袋2枚とトングを持って歩いているので、貝殻などを拾うことはなかなかないんですが、ゴミが少ない日は桜貝などを拾ったりしています。あと、たまにザルを持っていって砂をふるうと、マイクロプラスチックが取れるんです。それを持ち帰って、熱を加えて溶かしてアクセサリーにしたり。
富久恵 かわいい。私たちも、同じ手法でペットボトルの蓋をイヤリングなどにしてるんですよ。
片瀬 すごくきれい! さすが、プロの作品ですね。
ゴミの中に潜む産業遺産。調べると土地の歴史がわかる。
悟 小説の中に、海辺でタコの入ったランドセルを見つけるシーンがありましたよね。あれは実話ですか?
片瀬 ランドセルは、友人が実際に見つけたという話を聞いて、面白いなと思って。中にタコが入っていたというのは創作です。
悟 僕たちは前に瓶の中にカニが入ってるのを見つけたよね。
富久恵 美容院の看板を拾ったこともあります。看板に電話番号が書いてあったからネットで検索したら、鹿児島のお店でした。
片瀬 私は前にボウリングの球を見つけたことがあります。なぜこれが浜にあるんだろうって不思議でした。海では時に思いもよらないものが落ちていますよね。
富久恵 私は、漂着してきた携帯シャンプー容器を集めているんです。銭湯などで小さなボトルが売られてますよね。あれの古いものです。値段や社名が刻印されているものもあります。
片瀬 昔のものはフォントがレトロだったり、今はあまり見ないデザインだったりして面白いですね。
富久恵 社名がわかるとその会社に電話して、いつの時代のものかを聞いてみることも。そうやって調べてみると、その土地ならではの歴史がわかったりして面白いですよ。
悟 相模湾の浜にある古い陶片が、鎌倉時代のものだったりすることも。ビーチコーミングは、民俗学に繋がることも多いんですよ。
片瀬 私も陶片を見つけることがありますが、専門で調べている人がいるだろうと思って拾わないようにしてます。
富久恵 シャンプーボトルもゴミといえばゴミなんですが、ゴミの中にも産業遺産になるものとか、面白いものはいっぱいあるんですよね。
悟 ビーチコーミングって、一種のトレジャーハンティングみたいなもの。15年続けていても、毎回何かしら新しい発見がありますから。
片瀬 確かに「どうしてこんなものが落ちてるんだろう」っていうワクワク感はありますね。
悟 僕たちは最近、すごく珍しいものを見つけたんです。通称「マリア豆」っていう種子なんですが、これは中米にしかない種子なんです。たまに日本に流れてくるんですが、今までに見つかった最北の浜は渥美半島(愛知県)だったんですよ。関東に流れ着いたということは、僕の計算では1万〜1・5万㎞流れてきたはず。
片瀬 すごい旅をしてきた種。ロマンがありますね。
富久恵 そうやって拾ったものに思いを馳せる楽しみもあります。
片瀬 それにしても、こんな小さな種を見つけて拾うなんて。見つける能力っていうのもきっとありますよね。ゴミ拾いの場合でも、同じ場所を歩いているのにゴミをちゃんと見つけられる人と、全然気づかない人がいるんです。
悟 続けているうちに、目が養われていくような気がします。あと、事前に知っておくというのも大事ですよね。一度も見たことがないと、海に行っても気づかないかもしれない。
片瀬 おふたりはしょっちゅう海に行っているんですか?
悟 季節にもよりますが、わりとよくあちこちに行きますね。ビーチコーミングのトップシーズンは冬なんですよ。夏は暑すぎて長時間歩けないので。
片瀬 確かに、夏はつらいですよね。私は普段、ゴミが重くなってくることもありますが、大体いつも1時間〜1時間半くらいで疲れてきます。
富久恵 私たちは休憩しつつ、5〜7時間くらいは浜にいますね。長い時は11時間くらい。
片瀬 ええ、そんなに!
悟 大体、朝の6時半から7時には浜に着いています。早く行ったほうがいいものが拾えるので。夫婦で行きますが、着いてからは完全に個人プレーです。どちらがいいものを拾えるか、浜
悩みを抱えている人に海のゴミ拾いを勧めることも。
富久恵 海のゴミ拾いをしている片瀬さんたちの目に、私たちビーチコーマーはどう映っているんでしょう。「そんなことをする暇があったらゴミを拾ってよ」って思われていないでしょうか。
片瀬 私はそうは思わないです。お互いに自分が拾いたいものを拾っているというだけ。むしろ今日お話しして、私がゴミとしてすぐに捨てていたものの中にも価値や楽しみがあることを知り、ちょっと意識が変わりました。
富久恵 ああ、よかったです。
片瀬 皆が思い思いに過ごしている海という場所が好きなんです。黙々とゴミを拾うのが楽しいし、疲れたら顔を上げれば、きれいな景色が広がっている。一度、ゴミ拾いの時に虹を見たこともあって。日常から離れた予期しない瞬間に出合える楽しみもあります。友人から悩みを相談されると、「海でゴミを拾うとすっきりするから一緒にどう?」って誘うこともあります。
悟 確かにメンタルケアになっている面もありますね。波の音がほかの雑音を消してくれるから、自分だけの世界に没頭できるのが気持ちいい。
富久恵 私たちの場合は、人との出会いも魅力です。同じ浜へ何度か行くうちに漁師のおじさんと仲良くなったり、夫婦で所属している漂着物学会の中にはいろいろな分野の専門家がいるので、知らないことを教えてもらったり。
片瀬 私も今日おふたりに教えてもらって、貝などの名前がわかると浜歩きがもっと面白くなるんだなと思いました。これからゴミ拾いをしながら素敵なものも見つけてみようと思います。
片瀬さんが拾ったきれいなもの。
(A)砂に混じっているマイクロプラスチックを溶かして髪留めを制作。
(B)ゴミが少ない日には貝殻を拾うことも。桜貝は少しずつ集めている。
古宮さんが作る海のアクセサリー。
(A)ビーチコーミングを始めるきっかけとなったサルボウ貝を重ねて。
(B)キンチャク貝を使ったブローチは、色が美しく華やかな雰囲気。
(C)ペットボトルの蓋を用いて作ったピアス。元の姿を想像しがたい美しさ。
古宮さんが集めたお宝の数々。
(A)古墳時代〜室町時代の土器である須恵器。細かな文様が目を引く。
(B)一見木の枝のように見えるのは、硬い骨格を持たない軟体サンゴ。
(C)形も模様もさまざまなウニの殻。東京湾の浜にもよく打ち上がるそう。
(D)中米にしかない種子、通称「マリア豆」を、昨年末に東京湾の浜で発見。
(E)コーラの瓶や牛乳瓶などは、刻印を判読して何の瓶かを調べる楽しみが。
(F)富久恵さんが集めている携帯シャンプー容器。レトロな雰囲気が漂う。
(G)ウミガメの甲羅の表面を覆っている鱗板。片瀬さんの小説にも登場した。
『クロワッサン』1090号より