くらし

『カプチーノ・コースト』著者、片瀬チヲルさんインタビュー。「職場の人間関係を物語にしたかった」

  • 撮影・谷 尚樹 文・堀越和幸

「職場の人間関係を物語にしたかった」

片瀬チヲル(かたせ・ちをる)さん●1990年、北海道生まれ。明治大学文学部卒業。大学在学中の2012年に「泡をたたき割る人魚は」が第55回群像新人文学賞優秀作に選ばれる。 著書に『泡をたたき割る人魚は』(講談社)が。

ある出来事が原因で早柚(さゆ)は2カ月間、会社を休職中である。何もしない時間を埋めるように彼女は海に出かける。そしてある日、ポケットに入れていた腕時計を波打ち際で落としてしまったことをきっかけに、海岸のゴミ拾いをするようになる。

片瀬チヲルさんの『カプチーノ・コースト』はこうして始まる。

「2年くらい前にコロナがちょっとだけ収まった頃、ボランティアによる海のゴミ拾いがあってそれに参加しました。その時の体験が本作を書くヒントになりました」

気がつけば、海にはたくさんのものが落ちている。ペットボトルのキャップやギターのピック、マスクに虫かご、ヘアゴム……。これらのものは〈昨日今日で突然沸いたものではない。ずっと浜に転がっていたのに、これまでは一つも視界に入らなかった〉ものなのだ。

海に行く私たちの多くの場合は遠くに広がる海と空に気を取られて、足元にまで注意が及ばない。

海は綺麗だけど、綺麗なだけじゃない。

休職はパワハラがきっかけだった。職場に戻ることを考えるだけで、動悸が激しくなり、汗が止まらなくなる。海で過ごす時間は早柚を少しずつ癒やしていく。

「名前を知らなくても済んでしまうような、海での顔見知りとの緩い結びつき、あるいは一人で足元を黙々と見つめながら歩くだけの内省の時間、私も海にアクセスしやすいエリアに住んでいますが、海だから過ごせる、ならではの時間というものがあると思います」

一人でゴミを拾っていると興味の目を向けられ、皮肉めいた声をかけられることもある。〈それで何か変わるんですかね〉。あるいは海で知り合ったカメ姉さんはこんなふうに絡まれた。〈あなたの着ているその服だってプラスチックと同じ石油でできているんですよ〉

「最近、『差別はたいてい悪意のない人がする』という本を読みました。差別はそうしようと思っていない人でもそうしてしまう。嫌味なことを言ってくる人も実は彼らなりの純粋な正義感から言っているのかもしれない。私だっていつそうするかわからない。倫理観の違いは、一概にどちらが正しいと決められないものがあります」

タイトルの『カプチーノ・コースト』は波の花という意味だ。潮風にふわふわと舞う、微細で幻想的な白い泡。

「見た目は美しいんですけれど、実際はきれいかどうかはわかりません。プランクトンなどの微生物だけでなく、人体に悪い化学物質などが混ざっている場合があると聞いたことがあります」

物語の後半、2カ月の休職期間が尽きて、いよいよ早柚は会社に復帰する。そこで彼女を待ち受けている出来事は……。

読了後、カメ姉さんの言葉が印象に残る。〈海はそんなに綺麗じゃない。綺麗だけど、綺麗なだけじゃないもんね〉。海=社会=人、とつい置き換えてしまいたくなる、そんな世界観の小説だ。

タップダンスをする男性、トングをくれる年配女性、ありがとうを呟き続ける男、海での出会いが再生を誘う。 講談社 1,650円

『クロワッサン』1089号より

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