“江戸前”の粋を心ゆくまで召し上がれ。『おいしい浮世絵展』
文・知井恵理
寿司に天ぷら、うなぎに蕎麦。眺めるほどにおなかがすいてきそうな、見た目に“おいしい”浮世絵がずらりと並ぶ本展。
「絵師や流派、美人画や大首絵といったジャンルなど既存の切り口ではなく、“食べ物”を焦点として浮世絵を切り取るというのは、私たちにとっても新たな試みでした。その結果、食を通して江戸の人々の生活がつぶさに見えてきた。“食べ物画”は、いわば江戸時代の風俗ルポといえるかもしれません」と語るのは、本展を監修した一般財団法人北斎館の館長、安村敏信さん。
葛飾北斎や喜多川歌麿、歌川国芳らの作品のなかでも食材や食べるシーンが描かれた浮世絵だけを集め、江戸時代における季節と食との関わり、流行食、名店、旅における名物といった4つの章に分けて展示。そこには、夏のうなぎ、秋の十五夜とお団子など、今も受け継がれる風習や料理も数多く見られ、これが200年以上前に描かれた風景ということを忘れそうなほど親近感が湧く。
「屋台が登場したのも、蕎麦を細く切って食べるようになったのも江戸時代から。屋台の天ぷらやうなぎは一個一串単位で食べられ、庶民にも手が届く人気の味だったこともあり、これらを食べる美人画や蕎麦を食す町人の姿などが描かれたのでしょうね。こうして見ると、現代の定番の和食は、江戸末期に成立した料理が多いことがうかがえます」
会場内には、屋台の成り立ちや当時の屋台の復元模型も展示されていて、威勢のいい棒手振りの声が聞こえてきそうだ。また、季節感のある食事とともに風情のある暮らしが描かれた団扇絵も見どころのひとつ。
「本来は日用品として使い捨てられていたものが、団扇として製品化されなかったことで現代まで残された。そういう意味で貴重だといえます」
見ているだけで元気が出る、江戸の名絵師が手がけた現代にも通じる食生活は、実に豊かで活気にあふれている。ぜひ、じっくりと味わいたい。
歌川国芳 《名酒揃 志ら玉》
当時の銘酒「志ら玉」にかけて、夏の風物詩の「白玉」が描かれている。四隅や下部の丸い切り込みは、これがそもそも団扇のための絵として描かれた証し。江戸ガラス館蔵、通期
歌川国芳 《春の虹蜺(こうげい)》
うなぎは、路上での焼き売りや屋台を皮切りに一般的になった江戸庶民の食べ物のひとつ。これは、女性がうなぎを食べようとした際に虹が現れた一瞬を切り取った団扇絵。個人蔵、通期
葛飾北斎《『北斎漫画』十編》
北斎が「気の向くまま漫然と描いた」といわれる絵手本。ユニークな食べ方等を綴ったなかには「無芸大食」とあり、蕎麦を何皿も食べる人が描かれている。浦上満氏蔵、通期
歌川広重 《江戸高名會亭盡(えどこうめいかいていづくし) 両国柳橋 河内屋》
江戸で有名な料理屋30店を取り上げたシリーズ絵のひとつ。河内屋は、文人が客の面前で書いた書画を眺めながらの酒宴が盛んに催されていた。味の素食の文化センター蔵、通期
森アーツセンターギャラリー
(東京都港区六本木6・10・1 六本木ヒルズ森タワー52F) TEL.03-5777-8600 営業時間:10時〜20時(8月28日は17時閉館) 料金・一般1,800円
※日時指定予約制を導入。詳細は公式サイトへ。 oishii-ukiyoe.jp
『クロワッサン』1027号より
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