【歌人・木下龍也の短歌組手】短歌をつくる人が見るもの。
〈読者の短歌〉
この春の僕はカレーパンの中の空虚のようにしんとしていた
(砂崎柊/男性/テーマ「パン」)
〈読者の短歌〉
塩バターパンばかり食べてしまうの空洞を噛みしめるのが好き
(新棚のい/女性/テーマ「パン」)
〈木下さんのコメント〉
砂崎さんは「カレーパン」のなかに「空虚」を、新棚さんは「塩バターパン」のなかに「空洞」を発見し、それを1首のアイデアの核としています。パンのなかの空間は見ているはずなのに見えていないもの。それを捉えるということ。それを捉えてしまうということ。だれもが通過するところで立ち止まる、立ち止まってしまう。短歌とはそんな過敏な目を持つ者にご褒美としてあるいは慰めとして与えられる一輪の花、なのかもしれない。
気の付かないほどの悲しみある日にはクロワッサンの空気を食べる
(杉﨑恒夫/歌集『パン屋のパンセ』)
〈読者の短歌〉
人狼は絶対ユダだと思います 前科があるので 前科があるので!!
(川野愛奈/女性/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
僕が人狼であるならば裏切りの代名詞であるユダには化けない。と思われているだろうからあえてユダに化けるかもしれない。字余りをしてまで「前科があるので!!」と叫んでいるあなたこそ人狼であるように思えるが、すべてを知るのはゲームマスターであるイエス・キリストのみ。
〈読者の短歌〉
はつなつの風がはしゃいでいることを飛んだ帽子が教えてくれる
(鈴木ジェロニモ/男性/テーマ「夏」)
〈木下さんのコメント〉
帽子の動きで風の感情を顕在化させた巧みな1首。
〈読者の短歌〉
弱っちくなってごめんね大切にされるだなんて夢見ちゃったわ
「最近ある出来事があってショックで短歌を詠めなくなりました。そんな折、ななぽっぷさんの「短歌など 書いてる時点で 駄目なんだ モテるあの子は 絶対やらない」を見て久しぶりにゲラゲラ笑いました。書き溜めていた短歌の中から見苦しくない(であろう)ものを選びます。皆さん、短歌がお上手で勉強になります(笑)」
(チャッピーの日曜日/女性/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
飼われている犬なんて野性を忘れておなか丸出しで寝ていますからね。大切にされるであろうという安心によって失われるものもあるのだと気づかされる1首です。ところで、いただいたコメントを読んでこの連載やっててよかったなと思いました。ななぽっぷさん、チャッピーの日曜日さん、ありがとうございます。だれだって辛くなったら短歌を離れていいんです。あなたが短歌を離れても、短歌があなたを離れることはないのですから。
木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。