【歌人・木下龍也の短歌組手】短歌をつくる人が見るもの。
〈読者の短歌〉
おそろいじゃなきゃ絶対に付けてないキーホルダーのダサさが愛しい
(平井まどか/女性/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
おそろいという付加価値を与えられたキーホルダーは当人のダサい/ダサくないの基準を飛び越えて鞄にぶら下がる。「おまえなんだよそのキーホルダー」「あ、これはその…」みたいなやりとりまで愛しく、遠い。
〈読者の短歌〉
午後二時のプール終わりの数学は塵が光って綺麗、きらきら
「プール終わりの授業、眠気と戦いふわふわしながらも夏の光に照らされた塵の幻想的だったことを覚えています。」
(あの井/女性/テーマ「夏」)
〈木下さんのコメント〉
短歌教室の受講生には「きらきらひかるな」と教えています。きらきらと書けばひかるは連想できる。逆もまた然り。そういう慣用句的表現を避けよ、と。この短歌はまさにそれなんですが、飾らない美しさってのもありだよなあと思い始めています。どうしたおれ、弱っているのか?
〈読者の短歌〉
ジャムがもうなくなったのでしょうがなく溶かした瓶を塗って食べてる
(小宮山倫太郎/男性/テーマ「パン」)
〈木下さんのコメント〉
限界突破の節約術。
〈読者の短歌〉
モテモテとただモテモテと歩くだけ 他人の犬で生かされている
(こうさ/自由詠)
〈木下さんのコメント〉
この短歌の「モテモテ」は人気があるという意味ではなく歩行の擬音。斬新。「もてもて」とひらがなにしてもよいかもしれません。地面と溶け合いそうになる足の裏を引き剥がしながらゆっくり歩いている様子が目に浮かびますね。そんな「歩くだけ」の道端で出会う「他人の犬」はたしかに歩く喜びを与えてくれる。
〈読者の短歌〉
あなたとね、一緒にいるとね、楽しいね。今日は天気がいい日だしね。しね
(のすたる/テーマ「夏」)
〈木下さんのコメント〉
ね、ね、ね、ねと引き込みながら最後に刺される1首。たった2文字で幸福は壊れるのだ。「だしね」に含まれる「しね」。それはただの語尾、ただの音ではある。けれども「しね」と口は動く。そして、改めて意識して「しね」とつぶやいてみる。そのとき、言葉に感情が追いつくのかもしれない。無意識のうちにわたしはあなたに死んでほしいと思っていた。幸せを幸せのまま終わらせるため、あなたに死んでほしいと思っていたのだ、と。