『久松農園のおいしい12カ月』著者、角田奈穂子さんインタビュー。「野菜を食べて人生が変わることがあります」
撮影・黒川ひろみ(本)中村ナリコ(著者)
都心から約2時間、茨城県の農園で有機野菜を育てている久松達央(たつおう)さん。作られる野菜は100品目以上。各々の個性が生きた滋味深い味わいに、都内の飲食店や個人客など多くのファンを持つ。
久松さんの野菜に惹かれたフリーのシェフ・横田渉(わたる)さんは、アメリカのナパやサンフランシスコの高級レストランで修業を積んだ気鋭の料理人だ。横田さんは西海岸にあるような、有機野菜の畑がレストランに近く、その日の素材を見て最良の料理を作る環境に憧れた。横田さんと久松さんは会ってたちまち意気投合。横田さんが東京から毎月畑に通い、そこで得たインスピレーションをもとに、採れたての野菜で一皿の創作料理を仕立てる活動を共に行っている。
2人が四季の畑を巡り作られる料理を、角田奈穂子さんが写真家のキッチンミノルさんとともに一年を通して追った記録が本書だ。
〈久松さんは、有機農業を「生き物の仕組みを生かす農業」と定義している〉。商社出身の久松さんは理論派で、理にかなっているから有機野菜を作るのだ、と言う。かたや横田さんは自由な感性で料理を作り上げるタイプ。正反対の個性を持ちながら同じ理想を見据える2人のたたずまいを、ジャーナリスティックで硬質な文章で紡ぐ。
土の匂いまでするような力強い料理写真の数々。
もともと、久松さんの野菜と横田さんの料理のファンだったという角田さん。
「忘れられない映画とか本のような、人生を変えるものに出合うことがありますよね。2人の作る味はそれに近い。食べ続けていくうち、『何だこれは?』と愕然とするような美味しさなんです」
面識のあった横田さんから前述の試みの話を聞き、ぜひ記録しておきたいと思った、と語る。
「でも、実際2人と畑に出て早々に『取材する』ことは諦めました。久松さんと(横田)渉さんの関係性はもう構築されていて、私が彼らに付き添って行っても、言葉では語られないことがいっぱいある。野菜の葉を2人で見て、もう通じちゃっているのに『それをここで語ってください』なんて野暮は言えない。言葉に出ない2人の空気感はキッチンさんに写真に写しとってもらい、私は見たところを言葉にした感じ」
各月の章ごとに旬の野菜のレシピが織り込まれているが、その料理の写真の力強さが印象的だ。色が深く強い葉物や人参。料理人がそれらと正面から向き合ったことが伝わる香り高い写真。
「毎月の料理は多くが、畑のそばにある宅配用の作業場で渉さんが作ったもの。冬は死ぬほど寒いし、夏ももっとつらい(笑)。毎月、どんな料理が作られるのかその場まで分からないまま取材に行きます。そのライブ感も伝えられたらと」
2人は文中、畑から外に落ちた〈こぼれ種〉からできた野菜の美味しさも語る。野性味の強さを愛しむ言葉から、むせ返るような土の匂いがするようで、心地よい。
『クロワッサン』1018号より