『瘋癲老人日記』 昭和のエロ可愛い若尾文子の官能悲喜劇!│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
『瘋癲(ふうてん)老人日記』は1962年(昭和37年)に刊行、その年に映画化もされた、谷崎潤一郎、晩年の代表作です。ほとんど実話といっても過言ではない文豪のどうかしてる私生活が、余すところなく描かれます。
脳溢血で半身がきかなくなった老人(山村聰)は、家族や看護師に囲まれ、丁重に介護される日々を送っている。大奥様(東山千栄子)ともども「いつ死んでもいいように戒名も用意済み」という隠居生活だ。裕福で立派な老人だが、息子(川崎敬三)の美しき嫁、颯子(若尾文子)と二人きりになると、ちょっと様子がおかしくなり……。
住み込みの看護師や女中など、たくさんの使用人が忙しなく切り回している家庭のリアルな様子は、日記形式の原作ならでは。昭和の裕福な、ちゃんとした家。しかしその奥では、“足フェチ”老人と嫁の、とんでもなく破廉恥な駆け引きがはじまっているのです。
性的には不能となっても性欲は尽きない老人、そのマゾヒスティックな欲望を見抜き、颯子のSっぷりはエスカレートしていきます。俗にSは「サービスのS」だなんて言われますが、颯子のセリフを聞くとなるほど納得。「私の足を揉ませてあげる」「膝から下なら許したげる」「ダメダメ、図に乗っちゃ」「おじいちゃんのくせに生意気よ」「じゃあ、私の言うことなんでも聞く?」等々、エロジジイを喜ばせる言葉を次から次に浴びせかけ、気持ちがいいほど小気味よく老人を誘惑、翻弄し、たんまりお小遣いをもらいます。しかしさすがの颯子も「墓にさっちゃんの仏足石(ぶっそくせき)(釈迦の足跡を石に刻んだもの)を作りたい」発言にはドン引きで……。
下品になりそうな悪女役も、若尾文子が演じればどこまでもケロッと悪びれず、コケティッシュ極まりない。嬉々としてこれでもかと哀れっぽく谷崎を演じる山村聰ともども、この二人にしか出せないおおらかで幸福な可笑しみに、「すごい話だな」と呆れつつ、ついついにやけてしまうのでした。
山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。3月に新刊エッセイ『山内マリコの美術館は一人で行く派展』が発売予定。
『クロワッサン』1016号より
広告