くらし

『聖なるズー』著者、濱野ちひろさんインタビュー。「愛とは対等性の追求だと、彼らは言います」

  • 撮影・黒川ひろみ(本)中村ナリコ(著者)
犬や馬をパートナーとする動物性愛者たち、ズー。彼らとの交流を通じて、人間にとっての愛とは何かを考える。 集英社 1,600円
濱野ちひろ(はまの・ちひろ)さん●ノンフィクションライター。1977年、広島県生まれ。京都大学大学院博士課程在学中に本書を執筆、第17回開高健ノンフィクション賞を受賞。「やおよろずの神とともに生き、動物との距離が近い日本には、ズーの理解者が多いのでは」

犬や馬と、身体的な性交渉を含めパートナーとして共に生きる動物性愛者の人々、zoophile(ズーファイル)。略してズーと称される。本作は、濱野ちひろさんによるズーの実態についての綿密なフィールドワークをまとめたものだ。ズーはいわゆる獣姦、bestiality(ベスティアリティ)とは異なる。後者は〈暴力的行為を含むとされる。そこに愛があるかは全く関係がない〉。しかしズーは心理的な愛着が動物にあることが大切なのだ。

濱野さんは10代の終わりから20代にかけて、パートナーから凄絶なDVを受けた。相手から逃れてからもその記憶から解放されず、苦しむ。やがて〈愛やセックスを軽蔑するだけでは、決して傷が回復しないことは明白だったーー自分を苦しめ続けるこの問題に対して、私は自分なりの視座を持ちたい〉、アカデミックの角度から性愛を捉え直す考えにたどり着く。そして30代後半で京都大学大学院に入り、このテーマに出合った。

様々なアプローチののち、濱野さんはドイツにある、世界唯一の動物性愛者の団体「ゼータ」のメンバーと出会う。彼らの家を訪ねて寝食をともにし、パートナーの動物とのありようを観察し、対話を重ねた。作中では濱野さんの調査当初の緊張、とまどいながら彼らへの理解を深める過程が丹念に描かれる。

禁忌と逡巡の先に、見えるのは一条の光。

最初の1人、ミヒャエルに会った瞬間の描写がリアルだ。駅でピックアップされて車に乗り込む場面では、こちらも冷たい汗をかく。

「車の後部座席にいる黒いジャーマンシェパードを、僕の妻だよ、と紹介されたときには『本当に調査が始まった!』と思いました」

そのミヒャエルをはじめとして本書に登場するズーたち。その関係性のバリエーションに驚かされる。ラブラドールの雄をパートナーにする男性、雌馬と情を交わす男性、雌犬と愛し合う女性。ズーにもLGBTはあり、また一般に想像される身体的な性交渉を伴うパターンは一部で、プラトニックな間柄も多い。そしてズーたちは一様に、〈動物には、人間と同じようにパーソナリティがある〉と理解すること、〈動物との対等性〉が大切なのだと説く。

大きな鍵となるのはロンヤという女性の物語だ。多くのズーは若年期にそれと自覚するが、ロンヤは自ら考え抜いて〈ズーになることを選んだ〉。〈私は(彼を)愛しているから、彼のすべてを受け入れたいのよ〉。ロンヤへの共感を通じて、著者が「これもありかも……」という感覚を掴みはじめ、それが読む者にもシェアされ、大きく揺さぶりをかける。センサーを磨けば、誰でもズーに「なれる」かも。その先に見える光。これは希望?

「人間どうしで分かり合うことはとても大変。相手が人間でなくても、種を乗り越えて心を通じ合うことができるのなら、それもいいかな、と思うのです」と濱野さん。

「広くセクシュアリティを選び取ることが当たり前になれば、人生はもっと楽しくなるかもしれない」

『クロワッサン』1015号より

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