くらし

落語のようで寓話のようなロシア版“終活”家族ドラマ。映画『私のちいさなお葬式』

  • 文・ペリー荻野
エレーナを演じるマリーナ・ネヨーロワは旧ソ連民芸術家に選ばれるほどの名女優だ。

すべての終活はコメディである。

こんなことを書くと、終活中のみなさんから怒られそうだが、本来、終活は自分の欲から始まるもの。「子どもに迷惑をかけたくない」「納得いく葬儀を」「あのお墓に入りたい」

……欲は人を翻弄し、喜劇の源になる。この映画は、終活にまい進する女性のステキなコメディだ。

舞台はロシアの小さな村。元教師のエレーナ(マリーナ・ネヨーロワ)は、余命宣告された直後、倒れて入院。五年ぶりにひとり息子が駆けつけてくれて、喜んだのもつかの間、彼は一泊もせず都会に帰ってしまう。そこから始まるエレーナ先生の「終活」はすごい。まず、埋葬許可証を申請。「死んでからでないと……」と窓口で困惑されると、教え子の検死医に死亡証明書を書かせ、ついに「死者」になっちゃった! 棺桶を買い(それをバスで運ぶって……)、墓穴も準備、葬式用の食材を買い込む。あの世へ行くどころか、ものすごくイキイキしている。結局、死ねない彼女は、親友で隣人のリューダ(アリーサ・フレインドリフ)に究極の願い事を……。

エレーナもリューダ(二人はロシアの大女優)も息子の元恋人で今は飲んだくれの女も墓穴掘りのおじさんも、登場人物全員がそこに暮らす普通の人そのもの。リアルさが素晴らしい。生きた鯉まで名演技を見せたのにはびっくりだった。

もちろん、笑いだけじゃない。エレーナは独身の息子に「お前は幸せかい」と聞く。否定されたら心配で悲しい。でも、肯定されたら自分のいないところで幸せになったと思い知らされる。エレーナはインテリだが、やっぱりこんな質問をしちゃうのだ。

落語のような寓話のようなホームドラマの味は「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」の向田邦子作品に通じるものがある。

また、エレーナが勝手に決めた生前葬の前におめかしして踊ったり、エンディングにも流れる曲は、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」ロシア語バージョン。ポップだけど切ない。この余韻がいい。

都会で自己啓発ビジネスで成功を収めた息子のオレクは、母の入院を機に5年ぶりに故郷を訪れる。
エレーナは埋葬許可証を交付してもらい、真っ赤な棺を入手。
棺をバスを使って運搬する!

『私のちいさなお葬式』
監督:ウラジミール・コット 出演:マリーナ・ネヨーロワ、アリーサ・フレインドリフ、エヴゲーニー・ミローノフほか 12月6日より東京・シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。
osoushiki.espace-sarou.com

ペリー荻野
(ぺりー・おぎの)コラムニスト、時代劇研究家。近著に『脚本家という仕事:ヒットドラマはこうして作られる』(東京ニュース通信社)。

『クロワッサン』1010号より

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