くらし

『幸福な星』著者、仲野芳恵さんインタビュー。 「自分が主体であるという感覚が尊い」

  • 撮影・黒川ひろみ(本) 谷 尚樹(著者)
滅びゆく国。そこに住むひとりの女性。多くを諦めて生きてきた彼女が最後に見るものは。日本経済新聞出版社 1,500円
仲野芳恵(なかの・よしえ)さん●1979年、北海道生まれ。都留文科大学卒業。中学教諭の傍ら創作を続け、本作で作家デビュー。現在は研修のため一時教諭を休職し、大学院で心理学を勉強中。「コミュニケーション」をテーマにした次作も執筆中。

あるひとつの国が消滅しようとしている。枯渇した資源、自国でしか通用しない、マイナーな言語。主人公のキカはナチュラルだ。ルームメイトのメイも。この国のひとびとは手術を受けたか受けなかったかで、非ナチュラル、ナチュラルに分類される。

「手術はチップを頭に埋め込むというものです。とはいえ、大がかりな開頭手術ではなく、予防接種程度のこと。これによって、飛躍的に記憶作業能力が上がります」

と、作者の仲野芳恵さん。政府が義務づけたこの手術は、7歳になった子どもにはまず自動的に検査が行われ、手術に不適格と判断されるとナチュラルとしてずっと生きていかなければならない(つまり私たちのように)。ナチュラルの数は、ほんの0.5〜0.8%。

「学校は解体され、ナチュラルには文字の読み書きや計算もできない子どもも少なくない」

という構造が不公平な社会を生む。キカは葬式でピアノを弾き、メイは体を売る仕事をしている。

質より量の、ひとびとのつながり。

仲野さんは中学校教師を務める傍ら小説を書き続け、この作品でデビューを果たした。作品を書く原動力は何だったのか?

「まず、ディストピア文学を書きたいという思いがありました。それに、生徒と接していて、今の子どもたちは苦しそうだなと。インターネットが彼らの生活を変えた、と感じるふしがあって」

物語におけるこの国では、ひとびとの直接的な交流は減り、オンラインでつながっているほうが気楽だ。結婚して家族をつくることはもう一般的ではない。出生率は低下し、ついには宗教も失われた。

「死ね」「死にたい」、SNS上に垂れ流されるネガティブな言葉は他国の3倍にのぼる。

「わたしはスマホやパソコンが人間性を失わせている、とは思っていません」

良いもの、便利なもの、誰だって、そういう思いで使っているし、それが本来の道具のあり方。ただ、

「何でこんなに簡単なのか、と思います。誰かとつながるって、本当はすごくエネルギーがいることですよね。すぐ手に入るものはすぐ捨てられるというか。コミュニケーションの拡大、それ自体は悪いことではないのですが……」

いいね、がたくさん欲しい。自分のほうがフォロワーが多い。そういうことでマウントを取り合う、質より量のコミュニケーション。

「それでは、たくさんとつながっても、心は渇いていく一方ではないか」

チップを頭に埋められなかったキカのピアノは、プロを目指すも叶わず、葬式会場の背景に溶け込んでいる。誰にも聴かれないのは慣れっこだが、当のキカ自身がすでに自分を選ぶことを諦めている。

「自分が自分の主体となって生きることはどういうことか。ラストはそんな思いで書きました」

消滅しようとしているある国とは、さて、それはどこなのか?

『クロワッサン』1009号より

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