騙し合いが痛快な大人のためのコメディ。映画『英雄は嘘がお好き』。
文・杉谷伸子
「嘘から出たまこと」で万事丸く収まる話は多い。ところが、この物語はそう簡単にはいかない。嘘がさらに大きな嘘を生んでしまうのだから。
舞台は19世紀初頭のフランス。ことの発端は、出征した婚約者ヌヴィル大尉からの手紙を待ち続ける妹を見かねた令嬢エリザベットが、ヌヴィルになりすまして書き続けた手紙。筆が走りすぎたエリザベットは、ヌヴィルの戦場や任地での活躍を次々と創作し、ついには激戦の末に戦死したことにしてしまう。
コメディ初挑戦のメラニー・ロランが、エリザベットの文才を炸裂させるこの序盤だけでも充分楽しませてくれるのだけれど、本題はジャン・デュジャルダン演じるヌヴィルが街に戻ってきてから。自分が英雄として尊敬されていることを知った彼は、その虚像に乗っかり、新たな人生を手に入れようとするのだ。
ヌヴィルの企みを阻止しようとするものの、発端が自分の嘘だけに動きが取れないエリザベット。そんな彼女を横目に、この機に乗じてひと儲けを企むヌヴィル。英雄に群がる人々や、エリザベットとは違うジャンルで文才を発揮する妹など、周囲の人間模様も笑いを誘うなか、ロランと名コメディ俳優デュジャルダンが繰り広げる、水と油の二人のやりとりは格別。なかでも、最初はお調子者のヌヴィル本人に向けられていたエリザベットの怒りが、やがて自分の創造物である“高潔なヌヴィル大尉”が、彼自身がさらに盛る逸話によって壊れることへ向けられるあたりは、フランスが舞台ながら、ジェーン・オースティン作品的な香りの中に、ヒロインの人となりを浮かび上がらせてお見事。
笑いの中に、不意に人生を見つめさせる仕掛けといい、これはまさに大人のためのコメディ。二人の恋の行方もさることながら、ヌヴィルの企みの行方に驚かずにいられないラストさえも、結果、「そうこなくちゃね」と受け入れさせてくれることも含めて。
『英雄は嘘がお好き』
監督:ローラン・ティラール 出演:ジャン・デュジャルダン、メラニー・ロラン、ノエミ・メルラン、クリストフ・モンテネーズほか 10月11日より東京・新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、丸の内TOEIほか全国順次公開。http://eiyu-uso.jp
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『クロワッサン』1007号より
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