神話で学ぶ、女の生きざま。
撮影・黒川ひろみ 文・日高むつみ イラストレーション・コーマチヤマ
【神話】神話にちりばめられている、女神たちの知恵。
日本神話をはじめ、古くから伝わる物語は、現代を生きる私たちにとって示唆に満ち、そこから学べることは多い。そう語るのは、広く世界各地の神話や伝説を研究する沖田瑞穂さん。
「人間が思い悩むポイントは古今東西、さほど変わりはないと実感します。母と子、男と女、周囲と自分、働く意味や生きがい。話の展開は荒唐無稽ですが、底流には真実が潜んでいます」
ロールモデルとなるのは女神たち。それぞれポジションも生き方も異なるが、どの女神の中にも私たちの姿があり、それが救いになると沖田さん。古事記や昔話から4つの話をひもとこう。
[Episode1]母として成長する姿を見せる、サシクニワカヒメ。
因幡の白兎の後日譚。兄の八十神(ヤソガミ)たちを退けてヤカミヒメを得たオホクニヌシは兄神に妬まれ、2度殺害されるが、母神のサシクニワカヒメにより蘇る。最初に焼けた石で殺された時は、高天原の神と二枚貝の女神に助力を求めて火傷から救い、次に大木に挟まれて圧死した時は母神が木を割いて助け出した。しかし、それでも兄神の執拗な攻撃は止まない。そこでサシクニワカヒメは、兄神の手が及ばない根の堅洲国(かたすくに)へオホクニヌシを向かわせた。根の国はオホクニヌシの祖先のスサノオが治める異界であり、ここでもオホクニヌシはスサノオにより数々の試練を課せられる。しかしオホクニヌシはスサノオの娘神と宝を得て生還し、地上の国の王となった。
沖田さんの読み解き
「他の女神に頼る母から、自ら息子を助ける母へと成長し、さらに息子を手放して試練を課す母へ。サシクニワカヒメは母として成長していきます。この物語は母と息子の例ですが、母と娘にも当てはまるでしょう。母と娘の関係は難しいもので、“一卵性母娘”は現代社会の病巣のひとつ。その先に試練があることを覚悟で子を突き放し、親離れ子離れする姿には学ぶべきものがありますね」
[Episode2]許すことで最終的に夫と和解した、スセリビメ。
兄神の手を逃れて根の堅洲国に赴いたオホクニヌシと結ばれたのが、スサノオの娘スセリビメ。オホクニヌシがスサノオによって蛇の室やムカデと蜂の室に寝かされると、それらを払う力を持った比礼(ひれ)と呼ばれる布を渡す。さらに、スサノオが課す難問を解決する知恵を授けて、オホクニヌシの根の国脱出に力を貸した。地上に戻り晴れてオホクニヌシの正妻となったスセリビメだったが、夫はあちこちの土地の女神と契りを交わす日々。スセリビメの激しい嫉妬に恐れをなしたオホクニヌシは捨て台詞のような歌を詠んで逃げ出そうとするが、妻から贈られた歌に心打たれ、盃と契りを交わす。こうして夫婦二柱は今も仲睦まじく出雲に鎮座することとなった。
沖田さんの読み解き
「頼もしい妻にして最古の正妻。豊穣の神として女神と結婚を重ねて多くの子をもうけるオホクニヌシを、嫉妬しながらも最終的に許す度量がある。ただスセリビメには子どもがいないとされます。これは、彼女は万物の母であり、大地の実りのすべてが子であることを意味しています。大いなる母として存在する彼女の姿は、子どものいない夫婦、女性へひとつの生き方を示しているように思います」
[Episode3]率先して自ら働く女性指導者、アマテラス。
アマテラスの弟神・スサノオは母恋しさに泣き叫んで暴れ、父神から追放されて根の国に行く前に、姉に会おうとして高天原へ。しかし弟が攻めてくると思ったアマテラスは武装して待ち受けた。邪心がないことを姉に示すため、スサノオが行ったのが誓約によって神を生むこと。これにより潔白が証明されたスサノオは高天原に滞在するが、悪質ないたずらを連発。とうとう姉の機屋に血まみれの馬を投げ込み、機織りの女神を死に至らしめる。怒ったアマテラスが岩屋に隠れたため、世界は暗闇となり災いが訪れる。そこで八百万(やおよろず)の神々が一致団結して、太陽神アマテラスを引き出したのが天の岩戸神話。こうして世の中に光がさし、平和が取り戻された。
沖田さんの読み解き
「アマテラスは最高神にして、高天原の機織りや稲作を指揮する究極の管理職。養蚕の創始者でもあり、働く神なのです。これは世界の神話の中でも珍しいこと。西洋では、労働は神から与えられた罰。対して日本では、働くことは自然な営み。仕事に生きがいを持って働く女性にとってのお手本的存在。結婚することもなく夫に頼ることもなく、生き生きと働く。自立した女性像が見てとれます」
[Episode4]若い女性に試練を課して福を授ける、ヤマンバ。
昔、とある山里に美しい娘が暮らしていた。ある日、娘が一人で留守番をしていると山からヤマンバが降りてきて庭の柿を食わせろと言う。言うとおりに食べさせると、また別の日にヤマンバが訪れて、握り飯を食わせろと迫る。腹いっぱい食べさせると、再び現れて今度は機織りの糸を食わせろとせがむ。五色の糸を食べさせたら、満足して去っていったが、翌朝になって軒の外に山のような糞が。「これを洗え」と告げたヤマンバの言葉に従って糞を川で洗い流すと、中から美しい錦の織物が出てきた。また、ある昔話では、ヤマンバにもらった“姥皮(うばかわ)”を着て老婆に変じて豊かな家に勤めた娘が、姥皮を脱いだ姿を跡取りに見初められ、結婚して幸せになったという。
沖田さんの読み解き
「解きほぐすとヤマンバは山の女神に行き着きます。自然そのものであり豊穣の女神。試練と恩恵を人間に与える存在です。昔話では老いた姿で登場しますが、これは私たちの心にある指南役、老賢者のイメージ。娘に試練を与え、その後、幸福に導いています。これは、年齢を重ねて生き方を模索する女性に参考になる話。経験を糧に若い世代の成長を助ける。そんなシニアになりたいですね」
『クロワッサン』1003号より
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