くらし

【前編】人生のお愉しみはこれから!中野翠さん流、70代の暮らし方。

70代になっても凛としてかっこいい中野翠さん。その日々は、年を重ねても自由に人生を楽しむヒントにあふれている。
  • 撮影・青木和義 文・斎藤理子

〈 魅力を感じる、女たち。 〉

「やりたいことがたくさんで、一人者もまた愉し。」

中野 翠(なかの・みどり)さん●コラムニスト。社会事象から映画や本、落語などの評論を手がけ、近著『いくつになっても トシヨリ生活の愉しみ』(文藝春秋)をはじめ著書多数。

長年ひとり暮らしを楽しみ、会社勤めの仕事ではないので定年退職もないため、これまで人生の節目的なものが特になかったという中野翠さん。ずっと健康なので、老いたという実感もあまりないまま、今までなんとなくきてしまったと笑う。それでも周囲に、リタイアしたり病気になる同世代が増えているのを見て、そろそろ自分の人生も終盤にさしかかっているのかな、と最近は思うこともあるという。

「だからといって、急に何かが変わるわけでもないので、生活はほぼ今までどおり。このまま、“おもしろ愉しく”生きていければいいかなぁって。若い頃に比べれば家にいる時間は長くなっているけれど、やりたいことがたくさんあるから、それも全然苦にならない。トシヨリってもう世の中の中心じゃないわけだから、ハタ迷惑にならない程度に自分を解放して、もうちょっとアナーキーに生きられたらいいなと思っています」

そんな中野さんが、昔から「心の師」のように思っているのが、作家の森茉莉さんと女優の沢村貞子さん。

「森茉莉さんのエッセイは全部読んでいるけど、最初に読んだ『贅沢貧乏』は衝撃的だった。50代半ばという遅いデビューで、当時は耽美派と言われていたんだけど、女性作家でこんなにも深く鋭く私を笑わせてくれる人は初めてだと思った。言葉に対する厳密さというか、フェティッシュぶりもすごかったんだけど、それ以上に感動的だったのがそのぐうたらぶり!」

「森茉莉と沢村貞子の間を、行ったり来たりしている感じ。」

きちんとした生活者じゃなくても愉しく生きていければいいかな。

大文豪・森鷗外の長女で大変なお嬢様育ちゆえ、生活力も家事能力も一切なかった森茉莉さん。晩年は、ベッドの周りに床から本がうず高く積まれ、雑然としている小さな部屋に暮らしていた。奇跡的にもその部屋でインタビューさせてもらった中野さんは、そこで休む間もなく、二人でしゃべり合ったのだという。

「森茉莉さんは、生活者としては全然きちんとしていなくても、せいいっぱい愉しく生きたいという私の思いを具現化していた。大先輩ではあるけれど、最強の同志を見つけた思いでした」

一方、昭和を代表する大女優の沢村貞子さんは森茉莉さんとは正反対。浅草で生まれ育った沢村さんの著書はどれも、下町のすっきりとした美意識に満ちていて、隅々にまで神経が行き届いたきちっとした生活ぶりの人。

「たくさんある沢村貞子さんの著書の中でも好きなのは、『私の浅草』という本。狭い家でもこざっぱり、きちんとした暮らしを営んでいる沢村さんのお母さんの話や、江戸っ子の心意気と美意識にはとても憧れます。まぁ、私には無理そうだけれど(笑)」

森茉莉さんと沢村貞子さんという、対極のような女性の間をうろうろしているのが私、と中野さん。ただし、自分の現状は限りなく「森茉莉さんに近いのかな」と分析する。

「海外の女優だったら、ジーナ・ローランズやヘレン・ミレン、ジュディ・デイヴィスの年の重ね方に憧れるわね。大人っぽい強い顔立ちの女優が好きなの。女でも、苦みばしったという言葉が似合うような感じの人。それでいて、女らしさもあるような。奈良岡朋子さんも素敵。いっぽう東山千栄子さんにも憧れる。器の大きさや女の風格を感じさせるので」

ところで中野さんといえば、ストレートボブがトレードマーク。そのヘアスタイルにちょっと変化が生じた。

「なんだか最近、顔に勢いがないし、女らしさが急激に失われてきたような気がしてしまって。女らしさって、やっぱり曲線かなあと思って。だから髪の毛くらいはうねらせようと、パーマをかけてみたの」

「女らしいといったら曲線。そう思ってパーマをかけてみた。」

シワやたるみさえかっこいい。そんな高齢者が理想です。

今までまったくなかった(!)白髪も、最近はちらほら。それが頭頂部分からのみ発生するので、まるで雪をかぶった富士山の出来損ないのように見えそうだから、ちょっと明るめにカラーリングもしてみたのだという。

「全部が純白なら全然抵抗はないんだけど、頭頂部にちょっとだけというのがカッコよくなくて。しばらくはカラーリングを続ける予定。草笛光子さんのようなキレイな白髪なら、服もピンクだってパープルだって似合いそうな気がするから、早くそうなりたいわ」

若い時と変わらない体重とサイズをずっとキープしているという中野さんだが、鏡を見るとやはりたるみが気になって情けなくなることもあるのだそう。でも、ぐうたらだから何もしない。欧米の女優のようにシワやたるみまでカッコイイ人になりたいと念力をかけているーーという。

【文句なくかっこいい】

●『グロリア』のジーナ・ローランズ
1980年公開。主役のローランズはマフィアのボスの愛人役。「ウンガロのスーツを着てパンプスを履いたジーナはその時はもう中年なのに、とにかく男前だしハードボイルド。任侠映画の高倉健のようなカッコよさに憧れました」

●『コックと泥棒、その妻と愛人』のヘレン・ミレン
1989年公開。「後にアカデミー主演女優賞、エミー賞、トニー賞の3冠を受賞したイギリスの大女優。知的なのにエロティックで、シワやたるみまでカッコいい。美人女優だったけど、年を取ってもいい意味での女らしさがある」

●『インドへの道』のジュディ・デイヴィス
1984年公開。「デビュー作の『わが青春の輝き』も見たけれど、この作品で〝おおっ〟と思い、私の中で一気に評価が上がった女優です。知的好奇心と意志力がある強い眼差しが印象的。ウッディ・アレンの映画にも多数出演している人です」

『クロワッサン』1003号より

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