暮らしに役立つ、知恵がある。

 

酒は飲んでも飲まれずに、
朝方の生活に変えるには?

「お酒はカレシ」のつもりだったという作家の山口恵以子さん。最近は小説執筆の邪魔をする「ヒモ」と化しているのが悩みのタネ。悪い習慣をやめて、よい習慣を身につけるためのメソッドを開発した古川武士さんと、その解決策を考えました。

 
「仕事がない日の過ごし方が、やめる習慣のポイントです」と古川武士さん。「小説がシアが来そうなら朝5時起床も平気なんです」と山口さん。
「仕事がない日の過ごし方が、やめる習慣のポイントです」と古川武士さん。「小説がシアが来そうなら朝5時起床も平気なんです」と山口さん。

古川さん(以下、古川) 私がコンサルティングをするとき、必ず最初に聞く質問があります。それは「なぜその習慣をやめたいのか」ということです。やめる理由が不明確だと結局、言い訳が出て挫折してしまうからです。

山口さん(以下、山口) お酒を飲み過ぎると小説を書く時間がとられてしまうし、飲み過ぎて二日酔いになると自己嫌悪で落ち込んで1日ロスしてしまうんですよね。お酒をおいしく飲んで、書く活力にしたいのに。

古川 悪い習慣を本当にやめるべきか、上に示した5つの質問に答えることで判断できると思います。ただ山口さんの場合、お酒を飲むことをやめたいわけではないんですよね。悪い習慣をやめるためには、どの程度までやめるのかという習慣行動のレベルを明確にしておくことも大切なんです。

山口 お酒をやめたいわけではなく、深酒をやめたい。酒に溺れる習慣を断ち切りたいんです。

古川 つまり、お酒をコントロールできるようになりたいんですね。

やめる習慣に取り組む前に考える5つのこと。
やめる習慣に取り組む前に考える5つのこと。

危機感、快感、期待感の3点から、
やめるための骨太の理由を考える。

山口 以前は新聞の配達員のための食堂に勤めていて、私はもっぱら朝6時からの勤務だったので午前3時半に起きていたんです。あのころはお酒のコントロールができていたんですが、食堂を辞めてからはタガがどんどん外れてしまって……。

古川 食堂勤めのときは、いまのような深酒はしていたんですか?

山口 仕事がある日は控えていて、休みの前日は自宅でガンガン飲んでいましたね。飲んでる途中で眠っちゃって、起きたらまた朝まで飲む、みたいな。

古川 勤めはいつ辞めたんですか?

山口 一昨年4月ですね。それから生活が大崩れしました。私はお酒を買い置きしておくと全部飲んでしまうのでその日飲む分、糖質ゼロの缶酎ハイを2本だけ買うんです。でもそれが呼び水になって、飲んでしまうと我慢できずにまたコンビニに走ってしまいます。ここで引き締めないと、これからの人生がとんでもないことになってしまいそうで怖い。私には介護が必要な母がいるし、猫も2匹いるというのに。

古川 何のためにやめたいのかという理由が強力なほど、目先の誘惑を断ち切りやすくなります。そういう骨太の理由を作る3つのキーワードがあります。この習慣をやめないとこんな悪いことがあるという「危機感」。やめると気持ちいいとか、楽しいとか、すぐに感じられる「快感」。やめ続けるとこんなふうになれるという「期待感」。この3つの中でモチベーションとして最も強いのは危機感ですが、これは翌日の仕事に差し障りがあるとか、信用をなくすとか、短期的じゃないと継続しにくいんです。

運動
食堂勤務をやめて作家生活に入ってから「深酒」が悪しき習慣になったという山口さん。


山口 私は明日テレビ出演があるとか、雑誌の取材があるとか、そういうときは深酒しません。翌日執筆以外の仕事が入っていれば大丈夫なんですよ。

古川 歯止めがかかっている部分はあるわけですよね。ポイントになるのは、仕事のない日の過ごし方ですね。そもそも山口さんの理想の生活習慣とは?

山口 理想は朝5時起床で、ゴミ出しとか洗い物とかをザザッとやってから、母が起きてくるまで執筆する。そんなふうに1日が始まる生活ですね。たとえば小説がもう書き終わるから明日中に仕上げようと思うと、5時起きも平気でできるんです。だけど何もないと5時に目覚ましをかけても二度寝しちゃうんです。自己嫌悪に陥りますよね。

古川 理想の生活習慣と、悪い生活習慣を具体的に書き出して、いつでも見られるように「見える化」しておくといいんです。悪い生活パターンのときはどんな感じなんですか?

山口 前の晩から延々と飲んでいて、ハッと気がついたら朝5時ぐらいになっていて、ゴミ出しして猫にごはんをあげてから寝るパターン。13時ぐらいに目覚めると、なんて愚かなことをしてしまったんだろうとか、あれこれ布団の中で1時間ぐらい思い悩みます。そういう日はほとんど書かないですね。書いてもエッセイぐらいです。

「気分の落ち込みを防ぐには、例外ルールを設けることも大事」
「気分の落ち込みを防ぐには、例外ルールを設けることも大事」と古川さん。
古川 そういう日は月に何回ぐらい?

山口 10日に1回はやってる感じですよね。ただ一日中グデグデの状態をやってしまうと本当に落ち込むから、深酒が連続することはないんです。反省してしばらくは神妙にしていますね。

古川 深酒の日のダメージは落ち込みとか自己嫌悪とか、心理的なものが大きいわけですよね。だとしたら生活習慣の中に気分が上がるようなルーティンを、朝か夜に取り入れるといいと思います。朝と夜の生活のリズムがよくなれば、全体の生活習慣もよくなっていきますからね。

山口 私も食堂勤めに代わるような、新たな生活習慣みたいなものを取り入れて朝をスタートできれば、歯止めになるような気がするんです。それには運動習慣がいいんじゃないかと、自分なりにちょっと考えているんですよね。


古川 どんな運動を?

山口 50歳ごろ、区のスポーツセンターに通っていた時期があるんです。筋トレしてからボクササイズのレッスンを受けていたんですけど、インストラクターにハンサムな先生がいて、イケメン講師見たさに運動大嫌いな私が2年ぐらいけっこうマメに通っていたんですよね。先生が異動になって行かなくなりましたが、食堂を終えてからスポーツセンターで汗を流して帰宅するって生活はいい感じだったんですよ。

運動、片づけ、早起きは、
自己規律を取り戻すために有効。

古川 運動を習慣にするというのは有効だと思います。自己規律を取り戻すには、運動、片づけ、早起き、この3つのどれかを習慣にすると効果が上がるケースが多いんです。私も毎朝、必ず書斎の片づけから1日を始めています。私は朝一番からビジネス書の原稿を書くのを日課にしているんですけどそのモードに入るために10分間タイマーをかけて集中して片づけをするんです。そういう、ここから始めればポジティブな自分をオンにできるという朝の習慣があるといいですね。

山口 近所にスポーツジムがオープンしたんですけど、デイ会員になって朝イチの9時半から1時間ぐらい運動して帰るのを日課にすればいいかも。

古川 悪い習慣をやめるためにはスイッチングと言って、心理的メリットが得られる代替行動があるとかなり楽になります。朝の運動は体もほどよく疲れて、お酒も適量をおいしく飲め、眠れやすくなるように思います。

山口 5時に起きられれば9時20分に家を出るまで小説書けますよね。それから1時間ぐらい運動して、帰る道すがら夕食のお買い物とかもすれば、夕方買い物に出なくても済むし。

古川 習慣化を成功させるには3つの原則があります。原則の1は、一度に取り組む習慣は1つにすること。山口さんの場合、22時就寝、5時起床、9時半から運動という3つがあるわけですが、確実に1つの習慣を行うことにフォーカスするんです。そういう軸となる指標をセンターピン、それへの集中を妨げる要因をボトルネックと言いますが、この2つを明確に意識することが原則の2になります。

山口 スポーツジムが私のセンターピンになってくれそうな気がします。

センターピンとはこれまでの悪い習慣をやめる時にいちばんの指標になる行動や予定。ボトルネックはその行動を始める際に障害となる要因を指す。
センターピンとはこれまでの悪い習慣をやめる時にいちばんの指標になる行動や予定。ボトルネックはその行動を始める際に障害となる要因を指す。


古川 では、まずは9時30分にジムに行けさえすれば、5時に起きられなくてもよしとしましょう。そして原則の3は、結果を急がずプロセスを大事にすることです。最初は無理をせず、ジムへ行くのも初めのうちは見学するだけでもいいので、とにかく毎朝通うことが大切です。

山口 スポーツジムに通って気持ちのいい汗をかけばストレス発散になるし、体調もよくなるし、ダイエットにもなるだろうし、そうすると新しいお洋服を買って、というような楽しみもできるわけですよね。

古川 ただし、いくら理想的な習慣生活を送っていても、ワンパターンだとどこかで暴発します。たまに深酒が発動してしまったときでも14時から19時までエッセイを書けばOKみたいな、例外ルールを設定しておきましょう。深酒パターンを2つぐらい想定し「見える化」しておくと、暴発しても想定内ということになります。するとそれが免罪符として働くので、ズブズブの自己嫌悪には陥らずに済むはずです。

山口 なんだか希望がわいてきました。明日スポーツジムへ行ってみます!

 

◎山口恵以子さん 作家/2013年『月下上海』で松本清張賞を受賞。『おばちゃん街道』(清流出版)など著書多数。TVコメンテーターとしても活躍。

◎古川武士さん 習慣化コンサルタント/オリジナルの習慣化理論とメソッドを開発。著書に『新しい自分に生まれ変わる「やめる」習慣』(日本実業出版社)など多数。

『クロワッサン』923号(2016年4月25日号)より

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