俳優・井上真央さんの着物の時間──思い出とともに心も伝えられるのも着物の魅力のひとつだと思います
撮影・青木和義 ヘア&メイク・尾曲いずみ(STORM) 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・白金迎賓館アートグレイスクラブ
祖母から譲られて10年経ってしまいました。やっと、袖を通すことができました
「今回の着物は10年ほど前に祖母から譲られた大島紬です」
紺地に織り出された蝶が光の具合で玉虫色に輝き、今にも飛び立っていきそうだ。
「蝶は華やかなのに品があり、好きなモチーフです。祖母は着物が好きで、箪笥には普段着からフォーマルなものまで、たくさんの着物で溢れていました。着物や帯はモダンな柄も多く、帯揚げや帯締めなどの小物を鮮やかな色同士で組み合わせたりと、自由に着こなしを楽しんでいたような印象があります。そんな祖母のところに行って、箪笥の中をのぞくのが好きでした」
井上真央さんが祖母から着物を譲り受けたのは、2015年に放映されたNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の主演が決まったことがきっかけだった。
「祖母がとても喜んでくれました。『これからは着物を着る機会も多くなるし、お稽古にも着物が必要だからね』と。浴衣や小物類をはじめ、今回着た大島紬、着物と羽織を同じ紬地で作ったものや泥染めの大島紬などを譲り受けました」
さぞかしその着物が大活躍したと思いきや、
「着物にはしつけ糸がついていて……。祖母が長年大事にしていたものだと思うと、ためらってしまい、箪笥の中に保管したままでした。紬には着物上級者のイメージがあったのですが、最近、ふと袖を通してみたいな、と思ったんです」
大島紬をさらりと着こなした姿は、しなやかで筋が通った女性の強さを感じさせる。
そしてもうひとり、井上さんに影響を与えたのが、
「大先輩の俳優・檀ふみさんです。初めて共演させていただいたのは7歳のとき。『藏』(NHK BSドラマ)は、大正から昭和初期の酒蔵を舞台にした時代劇で、檀さんは私の叔母役でした。着物での演技経験がない私に『着物のときは袖に気をつけて。立つときに裾はこうしてね』と、着物の所作を細かく教えてくれました」
その20年後、『花燃ゆ』で、今度は母娘役で共演をした。
「すごくうれしかったです。このときも檀さんから、役柄に合わせた着物の着こなし方や所作をいろいろと学びました。とても印象に残っている檀さんの言葉があります。着物には3つの“思い出”ができる。1つ目は、着物を手に入れたとき。次にその着物を身に着けたとき。そして、3つ目はそれを誰かに譲るとき。そう言って大事な着物を私に譲ってくださいました。今回、祖母の着物を着て、譲り受けたときの思い出や、そのときの祖母の気持ちにも思いを向けることができました。いつかこの着物が誰かの手に渡るとき、その人にとっての思い出が刻まれるかと思うと楽しみですね」
『クロワッサン』1150号より
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