曲げて伸ばして健康寿命日本一 長野県が取り組む“ご当地体操”
撮影・小川朋央 文・松本あかね
この体操には、伊勢神宮御用材として奉納する木曽檜の姿や、山から切り出した木材を筏に載せて木曽川を漕ぎ下る動き、蕎麦打ちの所作などが盛り込まれている。特に下半身に効くポイントはどこだろうか?
「ひとつは足を後ろに引いて重心をのせ、前脚の膝を曲げる箇所。腰を低く落とし、蕎麦をのばすように上半身を前後に動かす所作も、股関節に適度な負荷をかけます。同じ構えから腰を左右に大きく動かすアルプスの山々をイメージした動きも、股関節の柔軟性を高めるものです」
要(かなめ)は上下前後左右に股関節を動かす三次元的なムーブにある。立ち上がる、歩くなど日常の基本的な動作には股関節が関わっているため、股関節が滑らかに動くかどうかが、日常生活の円滑さの鍵でもあると丸山さん。
こうしたポイントを踏まえ、村の体操教室で実際に踊ってもらい、フィードバックを受けて完成すると、村民、東海学園大学の学生が参加して村内各所でオールロケ。コンテストでは「完成度の高い作品」と絶賛された。
この体操動画は現在、1日2回、地域のケーブルテレビで放送されているほか、YouTubeでも公開。他県からの問い合わせや、視察に来ることもあるという。村内では「ほこっと運動教室」が定期的に開催され、老人クラブやデイサービス、社会福祉協議会が主催する出張カフェでも実践されている。
こうした村からの働きかけにとどまらず、いかにも信州、大桑村らしいといえるのが、体操が人が集まる“口実”になっていること。もともと村では近所の人で誘い合って甘いものや漬物でお茶を楽しむ習慣があるところに、体操が新しいきっかけを作っているという。
「『自助、共助、公助』と言っていますが、まず自分が元気でいること、次に地域で支え合う、行政に頼るのは最後という考え方があります。一人暮らしの人や最近引きこもりがちな知り合いを『一緒に体操しよう』と誘い出して、体操の後はお茶を飲んで近況を語り合う。そういう環境がありますから、高齢になっても孤立せず、生活に張り合いがあるのではないかと思います」
と大桑村役場福祉健康課の松尾竜太さんは話す。
今回の撮影に、友だち同士で誘い合わせて来たという皆さんに年齢を聞いて驚いた。対面した実感でマイナス10歳の若さ。大桑村の女性の健康寿命が県平均を上回る(86.1歳)というのも頷ける。
健康寿命の長さとはつまり、年齢を重ねても自分の力で日常を過ごし、現役として活動する人が多いことを示すものなのだ。
ほこっと体操の作詞作曲を手がけた福富秀夫さんは実際に村を訪れ、想像を遥かに上回る景色の壮大さ、神秘的な山の空気感に触れて感動したそう。ここには雄大な自然、おしゃべりする仲間、立つ、歩くという自立した生活に欠かせない、身体機能を維持するおなじみの体操がある。
この3つが揃えば、きっと誰もが楽しく現役を続けられるにちがいない。
大桑村
長野県南西部に位置し、東に中央アルプス、中央を木曽川が流れる大桑村。面積の96%は山林で、木曽檜の産地として名高い。「木曽の清水寺」と呼ばれる岩出観音、桃山時代の建造物が遺る定勝寺(国指定重要文化財)など名高い古刹も。近年は避暑地として阿寺渓谷でのキャンプや川遊びが人気。体操はYouTubeで見ることができるので「大桑ほこっと体操」で検索を。
『クロワッサン』1135号より
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