「着物は大切な日本の文化。楽しみつつ、魅力を伝えていきたい。」前進座俳優・浜名実貴さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江
母の思い出が詰まった大島紬ですべてを見てきた稽古場に立てるなんて。
今年、創立93周年を迎えた前進座。歌舞伎はもとより、歴史物から現代劇、朗読劇、子ども向けミュージカルなど、幅広いレパートリーを持つ。その前進座で活躍する浜名実貴さん。今回は劇団創立者や功労者の写真が掲げられた吉祥寺の稽古場での撮影と相成った。
「背後から視線を感じます(笑)。この稽古場の床板は、2013年に閉館した前進座劇場の所作台(舞踊などの際に舞台の上に敷く檜(ひのき)の台)で、座員の汗と涙、お客さまとの思い出がしみ込んでいます。私も、この板の上で役者として育てていただきました」
浜名さんが入座したのは25歳のとき。
「それまでは、法律事務所に勤務していました。ある時ふと、私の人生このままでいいのだろうか? 本当にしたいことは? そうだ、私は芝居がしたかったんだ! と。半ばあきらめていた演劇への夢が再燃。そんな時に友人が前進座付属養成所の存在を教えてくれました。しかも夜間だったので仕事帰りに通えることも決め手になりました」
1年間、長唄、日本舞踊、日本史、演技理論、実技などを学び入座。
「ただ芝居がしたい、という気持ちだけで飛び込んでしまいましたから、すべてが初めての経験ばかり」
芝居の奥深さとおもしろさに魅了されていった浜名さん。
「役者は一生勉強です。精進の場であり、座員の思いが詰まった稽古場に母との思い出の着物で立てるなんて……」
長方形に縁どられた模様のところどころに花を織り出した大島紬。袖口からのぞく紅絹(もみ)の朱と帯の朱がモダンな雰囲気を醸し出す。
「帯は日本舞踊の姉弟子からいただいたもの。大島紬は母のものですが、母が着ていた記憶がないんです。大切に保管していて、私に譲ろうと思っていたのかもしれません。着るたびに母とのいろいろな思い出が蘇ります。物に思い出が宿るって本当ですね」
さらにもうひとつ、母親との思い出が詰まったものを紹介してくれた。
「母は青森県西津軽郡深浦町の出身。3年前、青森へお墓参りをした際に、共通の趣味である陶器を見に、つがる市亀ヶ岡遺跡近くの『津軽亀ヶ岡焼 しきろ庵』を訪ねました。そこで縄文土器の雲形紋を施した茶碗をお揃いで購入しました。母は昨年、亡くなりましたが、この茶碗を手に取ると母と楽しく茶碗を選んだ時間を思い出します」
歴史物の上演が多い前進座では着物は不可欠。浜名さんにエピソードなどを聞くと、
「最初は大変でしたが、先輩たちがみんなで教えてくださる。舞台では早く美しく着ることが求められ、役によって着こなしも異なります。日本舞踊の先生や衣裳さんから所作やコツを学ぶことも多いですね。稽古や舞台で着ることが多いですが、プライベートで着ると車の乗り降りをはじめ、食事会などでも気遣っていただくことが多いです。日本の大切な文化である着物へのリスペクトがそうさせるのかもしれませんね。着付けなど大変ですが、裾野が広がってほしいと思います。私も楽しみつつ、その魅力を伝えていきたいです」
『クロワッサン』1126号より